新日本酒紀行「初孫」蔵の周囲はクロマツの保安林 Photo by Yohko Yamamoto

晩酌酒から大吟醸まで、全量を渾身の生酛造りで醸す

 酒田市の居酒屋で燗酒を頼めば、ほぼ東北銘醸の「初孫」が供される。それほど地元に根付き愛される定番地酒だ。1893年に、廻船問屋を営んでいた佐藤久吉さんが、最上川北岸の酒田港近くで酒造業を開始。最盛期は2万石以上と酒田一の酒蔵に成長した。全国新酒鑑評会や、海外で開催される鑑評会でも優秀な成績を重ねる。晩酌酒から大吟醸まで幅広い商品で魅了するが、全量を伝統技法の生酛造りで醸すのが特徴。現代の酒造りの主流は速醸酛で、市販の乳酸を添加し安全かつ時間短縮を図るが、生酛造りは空気中の乳酸菌を呼び込み育成させるため、技術と長年の経験が必須となる。「生酛造りは手間も時間もかかりますが、造り慣れている醸造方法が結果として安心なのです」と、4代目の佐藤淳司さん。

 1994年、最上川南岸の海に近い、クロマツの保安林に囲まれた土地へ移転。決め手は水で、生酛造りに最適なミネラルが豊富で鉄分を含まない水が潤沢に湧いた。最新鋭の蒸米機や円盤型製麹機などを導入し、吟醸用には甑(こしき)や麹蓋などの手造り設備も完備。清潔で効率の良い万全の酒造り体制を整えた。また、敷地内には酒造りが学べ、試飲と購入ができる「蔵探訪館」を併設し、人気を博す。杜氏の後藤英之さんは、地元十里塚杜氏の流れをくむベテランで、「ごつくなく味に幅と奥行きがあり、きれいな後味の酒が理想。心に残る酒でありたい」と語る。生酛に特化して新しい技術を磨き、うま味と切れの良い愛される酒を目指す。