人類のピーク、2005年に終わってた説『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第52回は、経済成長と民主主義の「不都合な真実」に迫る。

急激に経済発展した国のほとんどは…

 戦後日本の経済成長について主人公・財前孝史と議論するなかで道塾学園創業家の当主は「経済発展に絶対必要な3つの条件」として自由、民主主義、競争を挙げる。敗戦でアメリカからそれらを「丸呑み」させられたのが、発展の礎になったという。

 作中で示される3条件のうち、少なくとも自由と民主主義は、残念ながら、経済成長の必要条件ではない。反例は私たちの「お隣」にたくさんある。まず世界第2の経済大国である中国。韓国も、1960年代の高成長を主導したのは軍事独裁政権だった。フィリピン、インドネシアなど、開発独裁と呼ばれる体制下で成長を遂げたアジアの国は少なくない。

 ハンス・ロスリング氏はベストセラー『FACTFULNESS』の中で「炎上覚悟で言わせてもらおう」と前置きしたうえで、「急激な経済発展と社会的進歩を遂げた国のほとんどは、民主主義ではない」と喝破している。

 2012年から16年にかけて急成長した10カ国のうち、9カ国は民主主義のレベルがかなり低い国だったという。公衆衛生や教育といった目標の達成に「民主主義が最もよい手段だとは言えない」という冷徹な分析はまさにファクトフルネスの真骨頂だろう。

 経済成長に必要なのは、民主主義ではなく、政治の安定だ。同じように天然資源に恵まれた国・地域であっても、中東とアフリカでなぜ経済発展に差がついているのか。ひとつの理由は政治の安定度の違いだ。

 もし未読なら、服部正也氏の『ルワンダ中央銀行総裁日記』のご一読をお勧めする。服部氏の偉業と「その後」のルワンダの歴史を学べば、政治の安定がどれほどクリティカルな要素か、痛いほど分かるだろう。

「2005年が人類のピークだった説」

漫画インベスターZ 6巻P183『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

 誤解がないように付記すると、私は自由と民主主義を信奉している。そして今、中国とロシアが強権的な軍事国家として台頭しているのは、冷戦終結後に我々が自由と民主主義の価値を軽視し、強権的な体制を温存したまま世界経済に参加することを許したツケだと考えている。「民主主義無き経済成長」がなければ、旧共産圏の2大国がここまでの脅威になることはなかったはずだ。

 この見立ては、現在の視点では月並みなものでしかないが、私が「我々は道を間違えたのではないか」と思うようになったのは2006年ごろのことだった。「2005年が人類のピークだった説」とネーミングして、同僚の記者や取材先に披露していた。

 当時は新興国投資ブームが起きて、世界の経済センターとしてBRICsが注目されていた。成長力はともかく、いずれも非民主的か、汚職体質が強い国々なのが気がかりだった。

 そこで、世界の主要国の長期経済成長見通しと、各国の腐敗認識指数(Corruption Perceptions Index)を使い、「世界の経済成長が今後、どれほど汚職まみれになっていくか」を試算してみた。案の定、2005年を境に世界が汚職まみれの時代に突入するのが確認できた。最近、試算をアップデートする機会があったが、結果は変わらなかった。

 世界を覆う分断や混乱は徐々に進んできたプロセスの帰結であり、その起点は冷戦終結後の「平和の配当」の使い方のまずさにあったのだと私は考える。「2005年人類ピーク説」の詳細についてはnoteの投稿をお読みいただきたい。

漫画インベスターZ 6巻P184『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 6巻P185『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク