大人気noteを書籍化した『世界は夢組と叶え組でできている』で共感を呼んだ桜林直子さん。最新作『あなたはなぜ雑談が苦手なのか』(新潮社)では、独自の視点から「雑談」を紐解き人気を集めています。同書の中から厳選した内容を、抜粋・一部編集して紹介します。
雑談が苦手な人の多くは、自分の感情をうまく言葉にできません。その背景には、「他人とは◯◯である」という思考のクセがあります。
3000回以上マンツーマン雑談を行ってきた桜林さんが、その“思考のクセ”を書き換える方法を解説します。
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思考のクセを自覚する――人生のシナリオ設定
この人になら話せるかもしれない。
話してみよう、といざ話し出しても、はじめからスラスラと思い通りに言葉が出てくるわけではない。
話し出してみないとわからないつまずきや引っ掛かりがあって、うまく進まない。
または暴走、迷走してしまうなどコントロールが難しくなることもある。
残念に感じるかもしれないが、それでいい。
雑談は、上手に話すことが目的ではないからだ。
クセに気がつく
雑談の中で、最近の出来事や気になることについて話し出す。ある日のマンツーマン雑談では、会社であったイヤな出来事を教えてくれた。
「そうなんだ、大変だったね。それで、あなたはどう思ったの?」
「え、だから、ひどいなーって」
「出来事への感想じゃなくて、そのときのあなたの感情は覚えてる?」
「えっ、感想と感情って別ですか?」
「“あの人はひどい”と“わたしは悲しい”は別だよね」
「ああ、たしかに。えー、わたし、自分の感情に注目していないかも」
出来事や他人の話をすることが悪いわけではない。
しかし、観察者として客観的に見るクセがついていると、自分自身のことも客観視してしまい、内側にある感情をつかみにくくなる。わざと無視しているつもりはなくても、後回しにするようになってしまう。
別の人との雑談の中でも「欲しかったぬいぐるみを買ったんですよ。よかったねーって思います」と話してくれたのを聞いて、「自分のことなのにずいぶん他人事のように話すな」と感じたことがある。
普段から感情が真ん中にある人は「欲しかったぬいぐるみを買えて、うれしかったです」のように、感情を伝えようとする。
その違和感を伝えてみると、その人は、たしかに、うれしいや悲しいなど自分の感情を口にすることに抵抗があると言う。
言われてみるまで自覚はなかったが、口にするだけでなく、そもそも感情を味わうことを避けているかもしれない、と教えてくれた。
ドローンと内視鏡
自分のことを見るとき、観察者としての客観的な「ドローンの視点」と、自分の感情を味わうような「内視鏡の視点」がある。
ドローンの視点は、実物のドローンと同様に空中に浮いて上空から俯瞰で見ている。自分自身のことも上から観察している。
内視鏡の視点は、これもまた実物の内視鏡と同様に自分の内側へ潜り込み、心がどう動いているかを直接見ている。
ドローンの視点のカメラだけを使っていると、心から距離がありすぎて、自分の感情なのに自分でもよくわからなくなってしまうことがある。
また、広範囲を写すそのカメラには他人も映り込むので、全体の中で自分がどう動くべきかを見て、自分を動かしがち。自分がどうしたいかよりも、自分はどうすべきかで動いてしまう。
かといって、内視鏡の視点のカメラだけを使うのも問題がある。
自分の感情がよくわかるのはもちろんいいことだが、自分の内側にだけ矢印が向いていると、他人に関心が向きにくい。
その結果、他人の行動や言動よりも、自分の感じたことや想像の方ばかりを大事にしてしまうことがある。
どちらかのカメラだけを使うのではなく、そのふたつをうまく使い分け、両方のカメラをスイッチングしながらカメラワークをコントロールできると良さそうだ。
普段、内視鏡のカメラばかりを使っている人は、相手の意見や感情を知ろうとするときに、ドローンのカメラで見るのではなく、相手の中に内視鏡を入れようとすることがあるが、他人に内視鏡を入れてはいけない。
他人の気持ちを直接正確に見ることができたら楽なのにと思う気持ちはわからなくもないが、残念ながらそれはできないのだ。
他人の中を直接見ることはできないので、相手のことを知ろうとしたら、その人の話を聞いたり、行動を見たりするしかない。
そして、自分も同じように話したり見せたりして、交換するのだ。
自分の話をするときも、相手に自分の内視鏡を覗かせるのではなく(それもできない)、ちゃんと見えるように外に出す必要がある。
それが、雑談だ。
こう書くと、そんなの当たり前だと思うかもしれないが、「言わなくてもわかってほしい」と、内視鏡を覗いてくれるのを望んでいる人は少なくないのだ。
雑談を通して、カメラの位置やクセに気がつき、カメラワークの練習ができるといい。



