価値観とは「ビジョンのブレーキ」である

佐宗 「フラットな文化」についてはいかがでしょう? 前回の記事で、人材の獲得に苦労されていたというお話がありましたが、それと関連していそうな価値観ですね。

星野 はい。多くの会社には「ヒエラルキー」があり、そこで働く人は、上下関係に配慮しながら発言していると思います。

しかし、人間にとっていちばん心地いいのは、言いたいことを言いたい人に言える状況だと考えています。「私たちの会社はまだ小さいし給料も低いし休みも少ないけれど、誰に何を言っても大丈夫です」という組織文化があれば、採用上でも魅力になると思いました。

佐宗 星野さんのそうした発想はどこから出てきたんでしょうか?

星野 ケン・ブランチャードの『社員の力で最高のチームをつくる──〈新版〉1分間エンパワーメント』という本がありますが、私は原書の「Empowerment Takes More Than 1 Minute」が出た頃から本書の主張に注目していました。

彼は、部下のやる気を高め、自発的に動ける社員をつくる方法として、「組織図を逆さにしろ」と言っています。要するに、スタッフが最上位に来るような組織にしなければならない。そうするとスタッフは自分の頭で考えはじめます。

正直なところ、フラットな組織文化というのは、「リゾート運営の達人になる」というビジョンとぶつかることもあります。しかし、この価値観を捨ててビジョンに向かうことはサステイナブルではないと思っています。

佐宗 『理念経営2.0』でも、バリューは「仮に合理的でなかったとしても、自分たちがこだわりたい美意識」と規定しています。この点は似た発想だと感じました。

星野 そうですね。業績達成のためならなんでもやろうとする組織もあります。私にとっては、ビジョンは会社の競争戦略上の目標であり、価値観が守られている組織は経営の目的であり理想像です。理想を捨てて目標を達成しても意味がないということなのです。

星野リゾート代表に聞く。経営者の仕事は「理想」と「ブレーキ」を用意することだ
佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、ベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法』(いずれもダイヤモンド社)などがある。