強烈なリーダーが「統率」するのではなく、個が「自律」していながらバラバラに崩壊もしない「渡り鳥の群れ」のような会社をつくるには、何が必要なのだろうか──? この問いを探究する『理念経営2.0』著者・佐宗邦威さんの対談シリーズ。
今回は、1914年創業の老舗旅館を継承して以来、独自のビジョンを掲げて会社を成長させてきた星野リゾート代表の星野佳路さんをゲストにお迎えする。本記事のテーマは「数値目標」。企業経営の中心に理念を据えてきた星野リゾートでは、数値目標をどのようにとらえているのだろうか?(第5回/全5回 構成:フェリックス清香 撮影:疋田千里)
数値目標には「どうしても達成したくなる」という危険性がある
佐宗邦威(以降、佐宗) ここまで星野リゾートのビジョンや価値観について伺ってきましたが、一方でこうした企業理念は、個々のスタッフの目標とどのようにつながっているのでしょうか? たとえば、ビジョンと紐づいた数値目標などを設定されていたりするのでしょうか?
星野佳路(以降、星野) 「リゾート運営の達人になる」というビジョンに対して「達人とは何か」を具体的にするために数字で示そうとした時代もあったのですが、いまではそこにはあまりこだわっていません。
数値目標の設定は、危険な面もあると思っています。数字があるとどうしても達成したくなりますから。
佐宗 たしかにそうですね。
星野 「達人」というふわっとした表現でビジョンを設定しましたが、「達人」の定義はその時々で変わっていいと思っています。これを数値目標にしてしまうと、業績や利益などお金の話になってしまいます。
私たちは「達人」という言葉に幅広い意味を持たせたいと考えていました。業績もお客様の満足度も大事、そこで働く社員のやりがいも大事、それ以外もひっくるめて「達人」という言葉を使っています。
佐宗 なるほど。たしかに数値目標を設定してしまうと、「達人」の意味合いが狭まってしまうわけですね。
星野 はい。また、数値目標は「何かを急にやり出す理由づけ」にもなります。「利益率を◯%にする」という数値目標があった場合、「もっと工数を減らして費用を削れ」というような単純で偏った議論が出てくるようになる。そういったことを避けたいとも思っています。
星野リゾート代表
1960年長野県軽井沢生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院修士を修了。帰国後、1991年に星野温泉旅館(現・星野リゾート)代表に就任。以後、「星のや」「界」「リゾナーレ」「OMO(おも)」「BEB」の5ブランドを中心に、国内外で68施設を運営。年間70日のスキー滑走を目標としている。