なぜ星野リゾートはビジョンを改定したのか?

佐宗 「リゾート運営の達人になる」をビジョンに掲げてきた星野リゾートですが、2016年にビジョンを変えられていますよね。「Globally Competitive Hotel Management Company」、世界で通用するホテル運営会社になることを目指すとおっしゃっています。ビジョン改定の背景にはどういった事情があったんでしょうか?

星野 単純に言うと、社内では「リゾート運営の達人」になれたような気持ちが生まれてきてしまっていたということが理由です。星野リゾートは、国内のリゾート業界ではいちばん成長していて勢いもある。新卒の採用面接を受けてくれる学生も「リゾート業界のトップ企業だから」と言うようになってきました。

私にとってビジョンというのは「将来向かう先」を描いたものです。そっちに向かっていこうとする推進力を生み出すものであって、「現状のあり様」ではない。現状を描いているだけなら、それはビジョンではなく自己紹介です。自己紹介からは推進力は生まれません。

「リゾート運営の達人になる」をビジョンに掲げた当時は、古い旅館が軽井沢に1軒あるだけでした。「そんな旅館がどうして達人になれるんだ?」「そんなの無理に決まっている」と多くの人に言われました。だからこそ、このビジョンに向かっていくことをみなさんが楽しんでくれたし、自分の人生の大事な時間を費やしてくれました。

佐宗 『理念経営2.0』でも、ビジョンは推進力をもたらす未来像だと書いたので、とても共感します。

星野 今、私たちの業界で課題になっているのは、外資系の運営会社が日本市場に勢いよく参入してきていることです。世界で通用するマリオット、ヒルトン、ハイアットなどに負けないホテル運営会社──これが私たちの目指す姿だと考えています。それがビジョンを変えた背景です。

佐宗 この変更によって社員の方の働き方や考え方は変わりましたか?

星野 まず、ビジョンを変えることに対して、大きな抵抗がありました。フラットな組織なので、違和感があったらみんな声をあげます。変更からかなりの時間が経っていますが、いまだに「前のほうがよかった」と言っている人もいるくらいです。

しかし、この新しいビジョンこそ、今の私たちに足りない姿だと思っています。そのためには、私たちが今持っているものを多少捨ててでも、こちらに向かっていかなければならないのだと伝え続けています。長く組織運営をしていて思うのですが、自律したチーム・組織は、やるべきことは自律的に発想して実行に移すようになります。しかし、やめるべきこと、捨てるべきものを意思決定することは、より難しい組織行動であり、星野リゾートではそれはまだ私の役割になっています。

星野リゾート代表に聞く。ビジョンと数値目標が「混ぜるな危険」である理由
佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、ベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法』(いずれもダイヤモンド社)などがある。