すし店はなぜ「隠語」を使う?

 余談だが、すし屋には特有の隠語がある。隠語を使う理由は、大きく3つある。

 一つ目は短く言いやすくして、素早いやりとりに使うから。例えば、甘酢生姜(しょうが)漬けは、ガリガリとかむ音がするから「ガリ」と呼ぶ。二つ目は、粋(いき)な江戸っ子の洒落(しゃれ)として。すし種のタネをひっくり返した隠語で「ネタ」と呼ぶ……といった具合だ。

 三つ目は、お客に伝えたくない情報もあるからだ。会計時に時価を伝えることもあり、特に数字は独特である。例えば、1を「ピン」と呼ぶ。これは「ピンからキリまで」のピンであり、元はポルトガル語で「点」の意味であるpinta(ピンタ)が由来と聞く。3を「ゲタ」と呼ぶのは、下駄の鼻緒を留める箇所が3点ある洒落からだ。

「山です」は品切れを意味しており、品がなくなりましたと伝える際、客前で「亡くなりました」と縁起が悪く取り違えられてはいけないからだ。また、寿司ネタが海の物で、その反対の山には海鮮物はないことも由来とされている。山の頂上に着くと、その先は「ない」ことによる洒落の意味もある。

「あがり」は、お茶のこと。花柳界では、芸者・芸妓がお客がつかず暇なときに、茶葉を茶臼(ちゃうす)で挽(ひ)いて抹茶にする仕事があった。そこで、「茶を挽く」はお客がおらず暇なことを指す意味になったという。そこから、「お茶」は縁起が悪いということで、「上がり花」「上がり」と呼ぶようになった。

 食べ終えて帰るときに「お会計」の意味で使う「おあいそ」は「お愛想」と書く。本来はお店が「お愛想がなくて申し訳ありませんが、お勘定をお願いします」の意味だ。お客様に対してへりくだる意味があるので、客側が使うべき言葉ではない。反対に客側が「お愛想」と言ってしまうと、「このお店に愛想が尽きたから、もう来ない」の意味合いになることもある。

 店内の隠語は、あくまでも職人や従業員同士、仲間内でのみ通用する合言葉であり、客には分かってほしくないものだ。しかし今では多くの隠語が一般に知れ渡っている。

 隠語や合言葉は、客側が通を気取ってむやみに使うべきではない。何度も来店しても敬意を払われず、上顧客として扱われないこともあり得る。隠語は、使い方を誤ると、教養がない残念な人と思われるかもしれない危険な言葉だと認識した方がいいだろう。お客とお店と互いに理解することでリスペクトができ、楽しい時を過ごすことが大切なはずだ。