地下壕に避難せず
喫茶店に集う市民

 ミサイル攻撃は、キーウで誰もが話題にする、「身近な話題」になってしまった。

 キーウ駅の建物を右手に進むと、コンクリート製の巨大な防空壕がある。空襲警報が鳴る中、人々が入り口から階段を下りていく。地下には30メートルほどの通路があり、その壁の左側が十数カ所、洞窟のように奥に向けて穴が掘られていた。その内部がコンクリート壁で覆われた避難所だった。

 この地下壕は、100人程度しか避難していなかった。その広さはキーウ最大級で体育館よりも大きいが、人は少ない。まだ空襲警報は発令中。不思議に思い、近くの地下鉄駅へ行ってみたところ、ここも構内の避難者は100~200人ほど。その後、地上に上がると、駅のそばの人混みは地下鉄駅の中と同じくらいの人数だった。この地下鉄駅は人口数十万人の地区にある中心駅の一つだ。それにしては避難者の数は多くなかった。

 これには事情があった。空襲警報は毎日出る。1回当たり数時間続く。それが1日2~3回と繰り返されることもある。そのたび地下壕に行っていたら何もできない。そう考えて、職場で仕事を続けたり、自宅に残ったりする人が少なくなかったのだ。キーウ市民の間には「慣れ」が生まれていた。

 また、自家発電機が普及して電力不足を補ってもいた。

書影『戦時下のウクライナを歩く』(光文社)『戦時下のウクライナを歩く』(光文社)
岡野直 著

 例えば、喫茶店だ。それは「Wi-Fi飢餓」から救ってくれる、空襲時のオアシスだった。特に大型チェーンの店は設備が充実していた。自家発電機を備え、ロシアのミサイルが発電所や変電所を破壊しても電気がつく。店専用のWi-Fiも備えていて、パソコンやスマホを使う客に優しい。壁にはコンセントがたくさんあり、パソコンの充電もできる。空襲警報のたびに、ネットを使いたいサラリーマンや学生でそうした喫茶店は満席になった。

 もちろん、ミサイルが喫茶店を直撃すれば命はない。しかし、人口約300万のキーウに落ちるミサイルは多くて1日に十数発。喫茶店の常連客で、仲良くなったIT技術者のニコライさんは「それが当たる確率は低い。気にしていません」と言った。

 自家発電機は、大型スーパーも持っている。レストランも多くが発電機を店外の路上に設置し、営業を続けた。また、病院などの公共施設では、行政が超大型の自家発電機を優先的に置いてもいた。だから、一見すると通常の市民生活が営まれていたのである。

 ただ、キーウのレストラン街を歩くと、店の発電機のモーター音があちらこちらで響き、工場の中にいるみたいだった。不気味な賑やかさが街を覆っていた。