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【書籍『ハッピークラシー「幸せ」願望に支配される日常』】

 ハッピークラシーとは「幸せによる支配」を意味する造語です。心理学者のE.カバナスと社会学者のE.イルーズは、この語をタイトルに冠した本のなかで、現代社会では幸せが「状態」から「人」になった、と主張しました(高里ひろ訳、2022、みすず書房)。どういうことかというと、かつては条件のよい仕事に就いているとか健康であるといった「状態」が人を幸福にすると考えられていたのが、現代社会では、自己肯定感が強かったり、落ちこんでもすぐに立ち直ることのできるハッピーでポジティブな「人」こそが、よい仕事に就いたり健康になったりする、というように、矢印が逆向きになったというのです。つまり、「成功した人が幸福になる」のではなく、「幸福な人が成功する」というわけです。

 そういう社会では、ポジティブであることは無条件によいものとされ、ネガティブな感情は役に立たないと見なされます。人びとは「幸せな自分」になるために「ポジティブな言動を習慣にする」ことを求められ、自己啓発やセラピーや癒しグッズなどの商品を買って、感情をコントロールすることを期待されます。幸せは個人の問題であり、幸せでないことは自己責任だとされます。

 すると、「社会を変えることで問題を解決する」という視点が失われていきます。貧困や失業なども、制度的に対処するのではなく、「貧しくても成功した人の人生を参考にして夢を持とう」とか、「職を失ったことも転職のチャンスだとポジティブにとらえよう」という具合に、個人の心の持ちようで解決する態度が推奨されるのです。著者たちはこうした状況に警鐘を鳴らし、「批判的な分析や社会正義、そして共同行動」が必要だ、と指摘します。

「ハッピーな自分になる!」というキラキラしたメッセージは、現代社会のいたるところに散りばめられていますが、それがもたらす「副作用」にも、目を向ける必要があります。