このランキングから、過度に注目されている疾患はインフルエンザとエイズ、研究の足りていない無視されている疾患はパラチフスと破傷風という病気だということがわかった。パラチフスも破傷風もNTDではない。NTDと呼ばれる疾患は、このランキングの中で上位から下位まである程度散らばっていた。

 確かにどちらかというと研究の足りていないものもあったけれど、熱帯地方の風土病であっても、日本やアメリカなどそれ以外の地域の研究者が資源を投入することによって十分な研究量が担保されているものもあった。つまり、「やや偏ってはいるものの、感染症研究の観点から見てみると、思ったよりも世界は愛に満ちているな」という結論が導かれた。

遺伝子の変異の数をカウントすれば
ある変異がいつ頃起きたかがわかる

 最後に三つ目として、僕のダメダメな研究成果について恥を忍んで紹介しよう。

 細胞やウイルスが複製するときには、わずかではあるが一定の確率で遺伝子に変異が生じる。そして、特に有利ではなくても有害なものでなければ、その遺伝子変異は集団中に偶然性のもとに蓄積されていくことがある。これは太田朋子博士が提唱した概念で、「ほぼ中立説」と呼ばれている。

 少し難しい話になるが、遺伝子上の変異は同じ生物種であれば複製の頻度に比例して生じるし、その生物種が世代を経ても生物学的な仕組みが大きく変わらないのであれば、複製の頻度は時間経過に比例する。

 すると、遺伝子にある変異の数は時間経過に比例することになり、変異の数を調べるとそれらがどのくらいの時間で蓄積してきたものなのかを検討することができる。この概念を分子時計と呼ぶ。

 この考え方は昔から知られていたのだが、ここ10~20年ほどでその計算方法が洗練され、さらにコンピュータの処理速度の向上がその実行を可能にした。さて、ウイルス学者である僕は、それを用いてどんな解析をしてみようかと考えた。