人生100年時代といわれるほど、長寿が当たり前になった現代。長生きできるのは幸せなことだが、その一方で老いを感じながら「幸せ」な時間を増やすことは簡単ではない。科学的な知見から、幸せな老後を過ごすための「幸福度」の上げ方を解説する。本稿は、河合香織『老化は治療できるか』(文春新書)の一部を抜粋・編集したものです。
脳の老化予防の
基本は結局「運動」
「脳の老化を防ぎ、幸せな老後を過ごすための基本、それは結局『運動』なんです」
脳について多数の著書がある東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授は、幸せな老後を過ごす方法についてこう語る。まずは瀧教授のこの言葉を、ここで少し深く考察してみたい。
脳科学の研究によって分かったのは、脳が年齢を重ねるに連れて萎縮していくことだ。その影響を最も大きく受けるのが、物事の判断や記憶といった「高次認知機能」を担う領域である。
「そもそも私たちの脳は、どのように加齢をしていくのか。そこには脳の形や体積という観点と、実際に考えたり判断したり、記憶をしたりする高次認知機能がどう変化していくかという観点があります」
脳の体積は10代の後半から20代でピークを迎え、灰白質と呼ばれる部位がゆっくりと萎縮していく。灰白質は中枢神経系の神経細胞のシナプスなどが集まり、情報処理や神経活動を担当している場所だ。
他方で、高次認知機能の老化については個人差が大きい。
具体的にはさまざまな認知機能を司る前頭葉の中の「前頭前野」、側頭葉と頭頂葉の接続部分である「側頭・頭頂接合部」だ。高次認知機能を担う中枢の役割を果たしているそれらは、20代をピークにゆっくりと萎縮していく。ヒトの認知機能が加齢とともに落ちていくのはそのためだ。
「加齢は止められないので、脳が萎縮することは仕方がありません。ただし、脳の加齢は生活習慣によってある程度は抑えられます」
たとえば、脳をガス効果で酸欠状態にしてしまう喫煙、次に飲酒、肥満では女性に多い皮下脂肪型の肥満よりも、男性に多い内臓脂肪型の肥満が脳の加齢を進める。
生活習慣病によって体内に慢性炎症や動脈硬化が起こると、結果としてそれが脳の萎縮へとつながるからだ。
「つまり、年をとっても脳を健康に保つためには、動脈硬化をいかに抑えるかが大事であるわけです。また、うつ病も将来の認知症リスクを高めることが分かっているので、薬や生活習慣によって心身の状態をコントロールする視点を持つことは、人生100年時代を生きる私たちにとって大切です」
その上で瀧教授が「とくにエビデンスレベルが高い効果があるもの」として指摘するのが、軽く息が切れる程度の運動を日々の生活の中で習慣化することだ。