「この年でプロ野球に入るなんて
自分が一番驚いているんですわ(笑)」

 無理もない。11月17日に松木監督の正式な辞任が発表されてからわずか1週間。その間に次のタイガースの監督は誰になるのか、スポーツ新聞はありとあらゆる可能性を洗っていた。最有力は松木監督の下で助監督を務めてきたチームの看板“ミスタータイガース”と称される藤村富美男であることは間違いない。

 しかし問題は高齢化したタイガースの弱体投手陣。この弱点を補える投手の専門家として対抗に挙げられたのが、田中と同じ関西大出身、選手からの人望も厚く卓越した野球理論を持つ御園生崇男投手コーチ、彼こそ適任だ。

 いいや、5年前の2リーグ分裂時にタイガースを割って毎日オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)へ出た若林忠志が復帰する。はたまた戦前に巨人軍の第一次黄金期を築いた名将、大映スターズ監督の藤本定義と水面下で交渉している……などなど、様々な人物の名が紙面を飛び交っていた。

 しかしフタを開けてみれば、すべてハズレ。騒然とする報道陣の前に出た渦中の老人が口を開いた。

「みなさん驚いたでしょう。でも私自身が一番驚いているんですよ。つい先日まで、この年で自分がプロ野球に入るなんてこれっぽっちも考えていませんでしたからね。いやぁ、人生何があるか最後までわからないもんです」

 朗らかな笑みを浮かべる老人に、混乱して言葉を失っていた記者たちは我に返った。一斉に老人を取り囲み質問を飛ばす。

――野田オーナーからの強い推薦ということですが、社長とはいつお会いになったのですか?

「もともと野田さんとは顔見知りだったのですが、今月の初めだったでしょうか。直々にお見えになって、タイガースの監督をやってほしいと。私自身、野球から遠ざかっていることですし、突然の話に驚いたのでしばらく考えさせてほしいとお返事していたのですが、社長から『すべてを君に委ねる』とおっしゃっていただいたので思い切ってお引き受けしようと。決心したのはつい最近ですね」

――契約は何年ですか?

「自分としては短期間の契約を望んでいました。社長からはでき得る限り長くやってほしいと言われてちょっと困ったのですが、紳士協約としてもらって2年の契約を結ばせていただきました」