プロ野球未経験の老人監督が
強気の抱負をぶち上げた

――プロ野球の経験はないようですが、どのようにプロの世界を見てこられましたか?

「やはり野球の最高峰を行くものですよ。だけど長らく野球から離れていたことと、自分がプロ入りしようとは全然考えていなかったので迷いました。タイガースの伝統については外来の未知な人間なので藤村君なり金田君に引っ張ってもらわなければいけませんね」

――前監督の松木氏とは同郷でご縁もあるそうですね。

「彼が子供の頃から知っているんです。中学時代にコーチをしたこともあるし、満鉄時代もしばらく一緒にやっていました。いわば師弟関係にもなりますが、タイガースでは彼の方が先輩ですから、やはり松木君を立て、今後とも松木君の援助を仰ぎたいです」

――率直にプロとしての野球観を教えてください。

「いちいち言われるまでもなく、選手自身やらなければウソだと思いますね。監督が黙っていてもやるのがプロですよ。別に監督がノックバットを握る必要もない。野球をするには頭がよくなきゃいかんですよ」

 さらに岸は、目指すべきタイガースの野球は“投手を中心とした守りの野球”であるべきだと自説を論じ始める。

「野球は投手です。投手がよくて、はじめて打力がふるうんです。まずは点を取られないことが先決問題。今年のタイガースは完投できる投手がなく、継投ばかりだったことに驚きました。私は完投できる投手を4人は作り『阪神では投手は育たない』という汚名を返上したい」

 好奇心を絶妙に煽り立てられた記者からは、さらに深掘りしようと質問が浴びせられる。最初は謙虚に答えていた老人も、やはり30年ぶりに日の当たる舞台に出てきて調子に乗ってしまったのだろうか。

「私は実力主義。選手の名よりも実を取ります。たとえ藤村富美男君でも当たらずと見ればベンチに置きますよ」

 それまで穏やかな雰囲気で聞いていた新聞記者たちの表情が強張った。百戦錬磨の彼らが、その失言を逃すはずもなかった。翌日のスポーツ新聞には、一斉にこのタイガースという老舗球団に突如現れた“プロ野球未経験の老人監督”というセンセーショナルな人事を大々的に報じた。