マイナス金利解除の先の「ゼロ金利」復活リスク、日銀の利上げシナリオの最終目標は?Photo:SOPA Images/gettyimages

黒田東彦前日銀総裁が2013年から始めた大規模緩和が、ついに終わった。今後は植田和男総裁の下で、短期金利を操作して経済・物価の安定を図る伝統的な手法に戻る。だが、日銀が望む「賃上げと物価の好循環」が起き、物価2%で安定するかは不透明だ。今後の追加利上げの可能性、賃金と物価の行方を屈指の日銀ウオッチャーが予想する。(時事通信社解説委員 窪園博俊)

「弾切れ回避の奇策」だったマイナス金利
大規模緩和はまるで“奇怪な建物”

「黒田バズーカ」の号砲で始まった大規模緩和が幕を迎え、日銀の金融政策は新局面に入った。しかし、金融正常化の道のりは極めて不透明なままだ。

 植田和男総裁率いる日銀は3月18、19日に開催した金融政策決定会合で、マイナス金利政策の解除を決定した。長期金利の誘導も取りやめ、「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)」は廃止された。さらに上場投資信託(ETF)などの新規購入も停止した。一連の決定で、黒田東彦前総裁が2013年から始めた大規模緩和は終了。今後は、短期金利を操作して経済・物価の安定を図る伝統的な手法に戻る。

 今後の政策展開を占う前に、まずは軌跡を簡単に振り返りたい。日銀がこれまで続けた大規模緩和の正式な名称は「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」だ。難解で長い名称になったのは、黒田前総裁の手掛けた「異次元緩和」が空振りした挙げ句に迷走を続けたからだ。安倍晋三首相(当時・故人)の強い意向で総裁に就任した黒田氏は、ベースマネーを大規模に増やして消費者物価を2%に引き上げることを目指した。

 ベースマネーを増やす緩和は2001~06年の「量的緩和」で、物価への非力さが証明されたが、安倍氏や黒田氏は「金融政策だけでデフレは脱却できる」というリフレ思想の持ち主。圧倒的な規模で増やせば、物価を上げられる、と考えた。そして国債の爆買いを通じてベースマネーを増やす手法は「黒田バズーカ」と持てはやされ、当初は円安・株高を招いて物価も上昇する動きとなった。

 ところが、翌年に原油が急落して物価は失速。一方、爆買いの結果、国債の購入余地は乏しく「弾切れになる」(大手証券アナリスト)とみられた。そこで黒田日銀がひねり出した奇策が、16年導入のマイナス金利だった。しょせんは弾切れ回避の奇策のため、緩和効果が高まるはずもない。むしろ、唐突なマイナス金利への「転進」は、金融市場の不安を招いてリスクオフを誘発。おまけに長期金利が過度に低下して、運用難の生損保経営に打撃を与えた。

マイナス金利解除の先の「ゼロ金利」復活リスク、日銀の利上げシナリオの最終目標は?黒田東彦前日銀総裁の異次元緩和策で起きた円安・株高・物価上昇は、原油急落であえなく霧消した Photo:Hannelore Foerster/gettyimages

 過度な低下という副作用の解消として、長期金利を0%で誘導するYCCが組み込まれた。こうした“弥縫(びほう)策”の積み重ねが「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」という長大な名称に至った。あたかも「何度も補修されて奇怪な建物になった巨大な温泉旅館」(資金運用関係者)のようなものだ。日銀は「『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』は役割を果たした」(声明文)とするが、「役立たずの緩和策の廃棄」(先の資金運用関係者)にやっと着手したわけだ。

 廃棄決定にこぎつけたのは、他力頼みだが、コストプッシュでインフレが起きたからだ。脱コロナに伴う需要の急増とロシアのウクライナ侵攻で原油相場が急騰。全般的に資源価格が上がり、これまで粘着的だった物価は急速に上がった。もとより、コストプッシュのインフレは時間経過で騰勢は弱まる。ただ、2%を大きく下回ることはなく、2%に近い水準で安定しそうな見通しとなったため、今回の解除に踏み切った。

 では、今後の金融政策はどうなるのか――。

 次ページでは、著名ブログ「本石町日記」の鋭い日銀分析で金融市場のプロたちから定評のある窪園氏が、今後の利上げ回数、そして賃金と物価の先行きを予測する。