日本銀行がマイナス金利を解除した決断を、ノーベル経済学賞を受賞した経済の専門家はどのように受け止めているのか? ニューヨーク市立大学大学院センター教授のポール・クルーグマン氏に電話で緊急インタビューを行った。(国際ジャーナリスト 大野和基)
中小企業の経営に影響
企業や産業の新陳代謝が良くなる
――日本銀行は3月19日、マイナス金利政策の解除を決定したと発表しました。率直に、どのように思いますか?
マイナス金利を解除し、長期金利を抑えるYCC(イールドカーブコントロール)を撤廃し、J-REIT(不動産投資信託)もETF(上場投資信託)も新規買い入れをやめて、短期金利を操作手段としたノーマルな金融政策に変えたことは、歓迎します。
日本はあらゆる点でノーマルではない国でしたが、金融政策ではノーマルになったのです。日本がついにマイナス金利を解除したことは、grip of deflation(デフレの束縛)から脱出したという日銀の確信の表れです。インフレ率が1年以上、日銀の目標であった2%を超えた状態であったので、多くの金融市場関係者は、日銀がマイナス金利を解除することを予想していたと思います。ですからshock waveを起こしていません。
このマイナス金利の解除の影響については幾つかのtakeaway(重要なポイント)があります。まず、overnight rate(翌日物レート)が徐々に上昇することで、次の1年で0.5%くらいまで上がるかもしれません。日銀の植田和男総裁は金利を低く抑えるために、「緩和的な環境を維持する」と言っていますね。実質金利はマイナスですから、まだまだ緩和的な環境が続くでしょう。
そして、マイナス金利の解除は借入金利の上昇につながるので、中小企業の経営に影響を与えます。これまで低金利状態で維持できた会社が淘汰(とうた)されるのです。それは、社会全体にとっては良いことです。利益をきちんと出している企業だけが生き残るのですから。コロナ禍で特別だった無担保融資で助けられても、イノベーションを起こすなど自律的な改革がないと、真の意味での回復は起きません。すなわち債務リストラが進み、キャッシュフローが改善し、企業や産業の新陳代謝が良くなること、経済の循環が良くなることで景気が回復します。
ただ、住宅ローンを変動金利で組んでいる場合、借り手の返済負担が増えるので、そのタイプのローンを抱える家計は苦しくなり、消費が抑制されるでしょう。一方、ローンを貸す銀行は収益が上がります。今回の政策変更は、どの立場から見るかによっても違いますよね。また、日銀は急激に金利が上がらないように、今までと同程度の国債買入れを継続するとも言っています。
クルーグマン氏は日銀の決断を評価する一方、インタビューの後半では、「今後、日本がどれくらい自律的な経済回復を遂げるかは極めて不透明」とも述べている。それはなぜか? 日本人が「生活が豊かになったと実感する」条件について、次ページで語る。