――潜入術(art of infiltration)の訓練などを受けたことはあるのでしょうか。
ありません。しかし、私の母は俳優で、私は俳優のコミュニティーで育ちました。オーストリアのウィーンで生まれた私は、ティーンエージャーの時、テレビ番組に出ていました。つまり、自分ではない人間のふりをする経験があります。
でも、私はプロフェッショナルというわけではありません。いわゆる“ジェームズ・ボンド”的な正式な訓練を受けたことはありません。自分とは別のアイデンティティーをでっちあげて、実践の中で覚えていきました。だからミスも犯しがちで、失敗もしてきました。
――そもそもなぜ、過激主義者(extremists)の“本当の顔を”暴露することに関心を抱いたのですか。
私たちが多くの危機を同時多発的に経験することで、ますます過激主義思想がはびこり、人々が急進化に流されやすくなっていると感じていました。でも、外側から見るだけでは限界があります。ムーブメントの中に潜入しないと、本当のところは理解できません。そこで実際、過激主義組織や社会の片隅(fringes)にいる反主流組織のいくつかに、正体がバレないようにして加わることを決意しました。全てはこうした組織の“ポテンシャル”を理解するためです。
――潜入しないと、真実を見極めるのは不可能だったのですか。
何が人を過激主義組織にかかわらせようとするのか――徐々に洗脳され、その組織にとどまるモチベーションは何か、そのプロセスはどういうものか、メカニズムを知りたかったのです。
――取材時には得てして、ウソをつかれませんか。
その通りで、極めて厄介な問題です。私が自分の正体を明かせば当然、彼・彼女らは間違いなく私を敵とみなします。オックスフォード大学に所属しているとか、シンクタンクで働いていて、ガーディアン紙のような伝統的な媒体に寄稿していると言っても、彼らに私の正体が知られた瞬間にあらゆる接触を遮断するでしょう。
だから、あたかも過激主義組織に属している仲間のふりをする必要性があったのです。深い洞察を得るためにはそうするしかありませんでした。正体がバレると追放されるので、大きなサングラスをかけ、ブロンドのカツラを被る時もあります。
――潜入取材がバレたとき、脅迫されませんでしたか。
English Defense League(イングランド防衛同盟、極右の市民団体。2009年結成。創設者はルートン出身の日焼けサロンの店主)という極右の過激主義者が突然、私のオフィスに現れカメラを回しながら私に向かってきたことがあります。彼らはそのシーンをライブストリーミングしていました。その組織のX(旧twitter)のフォロワー数は当時20万人くらいでした。私はその後、家を何回も引っ越さなければなりませんでした。
>>後編『「非モテ」団体がアニメを悪用して日本人を獲得、潜入ジャーナリストが告発』へ続きます
ユリア・エブナー 著、西川美樹 翻訳、清水知子 解説