言葉の行き違いを防ぐために「おうむ返し」が効果的

 牛窪さんは、適切な表現や言葉の使い方をあらゆる世代の人たちに伝え続けている。しかし、過去には忘れられない失敗経験もあり、そこから学んだことが現在(いま)に活かされているという。

牛窪 あるインタビューの取材で、「人間関係で大切にされていることは何ですか?」と尋ねたとき、その方が「信頼」と答えたのを、私が「信用」と言い換えてしまったことがありました。「信頼」と「信用」は似ていますが、言葉の意味が違うので、その方が少しとまどってしまったのです。「自分の勝手な解釈で、相手の言葉を言い換えてしまってはいけない」と痛感して、それからは、話し手の発した言葉を「おうむ返し」で確認するようにしています。使う言葉にはその人の価値観や想いが詰まっているため、自分の思い込みで言葉を変換してしまうと、相手は「この人は理解してくれない、これ以上を話しても伝わらない」と思い、対話をシャットアウトしてしまいます。上司は部下に対して、「適切な言葉に置き換えてあげよう」と、部下の言葉を変えてしまうこともあるでしょうが、肝心な言葉やキーワードは「おうむ返し」して、お互いの理解を深めていくことをおすすめします。

 口をなかなか開かない人、本音を言わない人もいますが、そうした人の場合、「たとえば、この場合は〇〇〇〇のような考え方もあるようですが、あなたはどう思われますか?」と、ヒントを伝えて答えを促すようにしています。

「聞く」「話す」ために大切なことを、ゆっくりとわかりやすく語ってくれる牛窪さんだが、その根底にあるのは、自分の心を「白紙」にして、耳を傾け、相手を受け入れる姿勢だ。牛窪さんは、「いつも、興味を持って相手の話を聞いています」とほほ笑む。インタビューの雑談中、私(狩野)が、「いま、書籍を制作しています」と何気なく話すと、牛窪さんは「どのような内容の本ですか?」と、目を輝かせて尋ねてきた。相手に関心を持ってもらうと話しやすくなる――そのことを、牛窪さんの「聞く」姿勢から実感した。

牛窪 相手の言葉を受け入れる姿勢が大切だとお話ししましたが、なかには、私と相入れない考えを話す方もいます。そのとき、「この人とは考えが合わない」と思うのではなく、「どうして、この人はそう考えるのだろう?」と、話の背景に私は思いをめぐらせます。さらに聞いていくと、「なるほど、だから、そう考えるのか……」と、私のなかに気づきが生まれ、相手との対話を面白く感じます。

 コミュニケーションにおいてもダイバーシティを意識して相手の価値観を受け入れる柔軟性が必要だと考えています。言葉も表現も、時代や使う人たちによって意味合いが異なるので、正解というものはありません。肝心なのは、話すことも聞くことも、相手に寄り添えるかどうかです。