バッタPhoto:PIXTA

アフリカに生息するサバクトビバッタの研究者である筆者は、見聞を広めるために飛んだアメリカで、フィールドワーク中に「ノロマなバッタ」に出会う。彼らには天敵だらけの湿地帯で、野生動物から身を守る驚異の必殺技があったのだ。本稿は、前野 ウルド 浩太郎『バッタを倒すぜ アフリカで』(光文社新書)の一部を抜粋・編集したものです。

砂漠と湿地帯ではバッタの
交尾と産卵はどう違うのか

 6月中旬に5日間の調査旅行に出かけた。向かった先はフロリダ。アメリカの南部に位置し、マイアミビーチもあるトロピカルなリゾート地だ。ディズニーランドもあり、一大観光地として世界的に有名である。

 我々は華やかな観光スポットには見向きもせず、大湿地帯「エバーグレーズ」に向けて、空港からレンタカーを走らせた。こっちだって魅力的だ。オキチョビー湖から溢れた水が、幅80キロ、長さ100キロの浅くて巨大な平野を、ゆっくりと雄大に流れる自然豊かな国立公園だ。年間100万人もの観光客が訪れるほどだから、胸を張って観光地と言えよう。

 道中、構想中の「集団別居仮説」(編集部注/サバクトビバッタの雌雄は普段は離れ離れに生活し、オスの集団にメスが飛んできて交尾し、夜に集団産卵する)について、ダグ(編集部注/イリノイ州立大学のダグラス・ホイットマン教授)に相談した。バッタ類の交尾と産卵に関する総説を書くために、あらゆる論文を読んだことがあるダグでも、そんな繁殖行動をするバッタは聞いたことがないという。そして、すかさず提案してくれた。

「サバクトビバッタの繁殖行動について野外調査するつもりなら、試しに私が長年にわたって研究してきた、湿地帯のラバー(編集部注/イースタン ラバー グラスホッパー。ラバーは「ノロマ」を意味する)の繁殖行動を調査しようじゃないか。きっと、良い経験になると思うぞ」

 何か思い当たる節があるようだった。

 元々、湿地帯に生息するラバーを観察する予定ではあったが、研究テーマまでは決めていなかった。漠然と観察するのではなく、自分の研究につながる調査ができるのは願ったり叶ったりだ。砂漠と湿地帯という、まったく異なる生息地にいるとはいえ、参考になること間違いなしだ。

 ただ、ラバーが性成熟前の幼虫や成虫だったら繁殖行動は拝めない。ラバーが絶賛交尾中であることを祈って車を走らせた。