第一回の口頭弁論で、告発者の実名と身元を明かせと松本氏側は主張しました。文春側は、SNSで被害に遭うことなどを理由に拒否しましたが、実際2人の実名と住所を明かしたSNSも存在しました(その人物がホンモノかどうかは、私は知り得ません)。ただし、誹謗中傷が集中することは目に見えています。ジャニーズでさえ、記者会見で「被害者への誹謗中傷はやめてください」と連呼していたのに、吉本興業からは警告のアナウンスもありません。「セカンドレイプ」の意味を重視していないのか、それとも「プライバシー侵害」でリツィートしただけで訴えられる可能性があることを、ファンのためにも警告する義務がないと思っているのでしょうか。

 松本氏が言葉だけで「同意があった」と主張しても、状況は相当厳しいことが読者諸氏にもわかったと思います。また、改正直後のこの法律を有効にするために、全法曹界の注目が今回の裁判に集まっていることも事実です。かつてのジャニーズ裁判の二審の裁判官は、勇気をもって一審の判決を覆しました。今回の裁判官は、法曹界の目線と、松本氏の所業は関係なしに復帰してほしいと願うファンの目線という二つの世論に気を遣いながら、判決を考え、また双方が納得する形の和解を考えなくてはいけないので、大変な職責を担っていると思います。

 しかし、日本は「法治国家」。ネットの感情的意見やテレビメディアの吉本興業への忖度に負けて、ジャニーズ裁判の一審のような判決だけはしないだろうと、私は法曹界を信頼しています。

雑誌の完売に
本当に貢献したのは誰か

 ですから、元の職場(週刊文春)にも忠告をしておきます。

(1)第一回の報道で雑誌が完売したことを、まるで週刊誌ジャーナリズムの勝利のようにはしゃいでいましたが、それは二度とやるべきではありません。それはスクープの成果ではなく、「勇気をもって発言した女性たち」への賞賛が完売という結果を導き出したという認識を、全編集部員が持つ必要があるのです。

(2)直接取材に関与していない編集幹部が、YouTubeに出演して「客観的証拠はない」「警察にも相談した」といった不用意な発言をしましたが、今後は出演をやめるべきです。この種の犯罪で「客観的証拠=音声録音など」が残っていることはほとんどありません。警察が6年前の事件で動くことはなく、単に法的な相談をしたことを説明したかったのでしょうが、一般読者にはそんなことはわかりません。文春は客観的証拠もなく、警察も立件できなかったことを記事にしているという誤解を招いてしまったからです。

 その上「一太刀を浴びせる」などと物騒な言葉を使いました。文春は報道機関であり、「松本憎し」で記事を書いているわけではない。被害者のために報道している。その信頼感を醸成することこそ編集幹部の仕事です。 我々の時代には、係争中に同じ問題を再度記事にすることは基本的に禁じられていました。それは、裁判官が不快に思うからです。最後は、裁判官の心証も大きくものを言うのがこの世界。今後は自重をお願いしたいと思います。

(元週刊文春・月刊文芸春秋編集長 木俣正剛)