「公人」は争点になるか
松本氏提訴に関する報道の真贋

松本人志氏の提訴に元文春編集長が警鐘「これは相当厳しい戦いになる」Photo:JIJI

 タレントの松本人志氏が『週刊文春』による性加害報道を受け、発行元である文藝春秋に対し、名誉毀損による損害賠償と謝罪広告の掲載などを求めて提訴しました。請求額は5億5000万円と巨額です。

 私は文春のOBではありますが、それ以上に、名誉棄損の裁判を数多く経験した元編集長として、メディアに登場するコメンテーターや弁護士があまりにその現状から乖離したコメントを発していることが気になっています。中には訴訟に関する間違った解説も見られます。

 そこで、読者や視聴者の誤解を防ぐため、自身の経験や知識を基に、名誉棄損に関する訴訟の「実際」についてお話ししたいと思います。その上で、松本氏の「勝算」を検証してみましょう。

 まず説明しておきたいのは、テレビでよく見かける弁護士は法廷経験が少ない人が多いことです。理由としては、多忙であり裁判での日程調整が困難なケースが多いこと、とりわけ名誉棄損は賠償額が少ないケースが多く、いいビジネスにならないため、積極的に引き受ける人が少ないことが挙げられます。

 だから、彼らは司法修習生時代に勉強した、教科書通りの説明をしていることが多いです。たとえば「松本氏は芸能人であって政治家ではないから公人とは言えず、そこが争点になる」という趣旨の発言をしている人も少なくありません。

 これは教科書的解釈で、実際には争点にはなりえません。松本氏は大阪・関西万博のアンバサダーという公職を勤め、しかもNHKの性教育番組『松本人志と世界LOVEジャーナル』にも出演しています。記事が問題にしている不同意性交を考えれば、完全に公人として、報道には公益性が存在すると考えるべきでしょう。

 そして、読者に知っていただきたいのは、現在の裁判所は経費節減に熱心な裁判官ほど優秀とされ、上司に評価されるため、長引く裁判を嫌う裁判官が多く、すぐに和解交渉にもっていくケースが常態化していることです。ドラマのように、何人も証人が出る裁判は少なく、訴状と答弁書、さらには証人の陳述書をもとに、裁判官が早期に和解案を提示することが、極めて多いのです。