言うと不利になるようなことは、言わないでおくということは、刑事事件であろうと税務調査であろうと変わりはないのです。税務調査で目指すところ、それは刑事事件と同じく「証拠不十分」あるいは「真偽不明」です。税務調査官が脱税の事実を、法的観点から考えて妥当性のある証拠を元に証明できなければ、言われた通りの修正申告をする必要はありません。

弁護士だからといって
税務調査官と喧嘩をしたいわけではない

 先日、私が立ち会った税務調査において、税務調査官から「必要な書類をすべて預けてほしい。資料を持ち帰ってもいいですか?」と聞かれました。その企業はIT関連の会社で、顧客が個人情報の取り扱いに非常に厳しいという話を聞いていました。そこで私は「この情報をお渡しして、もし個人情報が漏れてしまったらどうするのか」と伝えました。

 こうした事態が発生した場合、顧客から損害賠償請求をされることがあります。そうなった際に、私たちは国に対して国家賠償請求を行う必要があります。個人情報が漏れてしまった主たる責任は私たちではなく、国家機関にあるからです。こうした事態に発展した場合、結審までに何年もかかることが予想されます。

 そのようなことに発展するくらいであれば、税務調査の場において、書類のうち「必要な箇所だけ」見てもらい、場合によっては写真を撮影してもらって済ましたほうがよいでしょう。

 このように説明したところ、税務調査官は納得してくれ、書類を持ち帰ることは諦めてくれました。しかし、こうした説明は、なかなか税理士だけではできないものです。納税者自身ではもちろん、税理士であっても、普段からそのような議論をするような習慣がないため仕方ないことだとも言えます。

 また、一度こうした経験をした税務調査官は、それ以降、弁護士が税務調査に立ち会うことに対して緊張感を持つようになります。「弁護士が税務調査に立ち会うと税務調査が厳しくなる」という話をしばしば聞きますが、それにはこのような理由があります。