リスクテーキングは敬遠される
2021年のギャラップ社による調査では、製品やサービス、ソリューションを改善するためにリスクテーキングの自由があると強くうなずいた従業員はわずか9%だった(注1)。
2018年、アーンスト・アンド・ヤングによる新入社員を対象とした調査では、「自分が働いている会社は失敗に寛容である」と考えていたのはわずか4分の1であった(注2)。
管理職クラスも、同じような閉塞感を抱いている。ボストンコンサルティンググループがシニアマネジャーを対象に毎年実施している調査では、「リスクを嫌う文化」と「長すぎる開発期間」がイノベーションを阻む最大の障壁として上位にランクされており、問題をさらにこじらせているという(注3)。
2015年、アクセンチュアがアメリカの経営幹部を対象に実施した調査で、3分の2が「自社は、新しいアイデアを追求するリスクを嫌う組織になっている」と回答し、2012年の46%から上昇している(注4)。
実験のハウツーを教えている企業や組織はめったにない。本稿で示す証拠はエピソードのようなものだが、我々の主張に懐疑的な人は、自社の研修ポータルをのぞいてみてほしい。コンプライアンス、ソフトスキル、時間管理などのコースのほかに、顧客実験の設計やラピッドプロトタイピングなどのコースはあるだろうか。おそらくないだろう。つまり、現場社員を「全社的な研究チームの一員」と見なしている企業はほとんどない。
このような障害を考えると、「リーンスタートアップ」(低予算かつ短期間で新規事業を開発する実践法)が大企業でなかなか浸透しないのも無理はない。また、斜め上を行っている仮説を検証するために、まずはMVP(minimum viable product:最小限の機能を備えた初期バージョンの製品)を走らせてみるという考え方に異論を唱える人は少ないだろうが、実際にこうしたツールを使いこなしている企業は少ない。
スタンフォード大学教授のスティーブ・ブランクは、2013年の『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌に寄稿した論文でリーンスタートアップを絶賛したが(注5)、その4年後、この方法論は「何も変わっていない」と結論付けざるをえなかった(注6)。
1970年代のセルフマネジメントチームや、最近再発見されたアジャイルチームの考え⽅のように、リーンスタートアップの信条は、⽊と⾒れば何でも切り倒す官僚主義によってずたずたにされた。大企業で働いた経験があれば、このような顛末は想定の範囲内だろう。
官僚組織の存在意義は、かろうじて動くプロトタイプの開発ではなく、完全に信頼できる製品を生産するためのものだ。彼らにとって、慣れ親しんだ標準的な方法から逸脱することは、称賛されるのではなく排除されるべきものである。
官僚に実験をやらせれば、手のひらに汗をかき始めることだろう。いわく、実験とは、未知のものに賭けるリスキーなギャンブルであり、下手をすると、すべって尻餅をつく可能性のあるバナナの皮のようなものである。成功する可能性よりも失敗する可能性のほうが大きいことをあえてやってみることに何の見返りがあるのだろうか。個人的な屈辱よりも集団的なマヒのほうがましというものだ。
災いのおそれがある以上、実験という言葉さえ問題になる。人事や財務の役員、あるいはCFOが「これから実験を始める」と宣言しているのを聞いたことがあるだろうか。いやおそらくないだろう。その代わり、彼らは試験運用について話す。パイロットプロジェクトでも微調整に努め、完璧を期す。
すでに90%の解決策がある、あるいはあると、皆思い込んでいる。実験は何が起こるかわからない。しかし、アマゾンの創業者兼会長のジェフ・ベゾスが指摘するように、「うまくいくとあらかじめわかっているならば、それは実験ではない」。
どうしても実験が必要ならば、放射性物質は研究所やインキュベーターに隔離して封じ込めるという考え方がもっぱらである。そして何よりも、数人の人間だけに失敗の許可を与える。
注1) Gallup, “Great Jobs Survey, 2021.” 回答者はアンケート調査に参加した非管理職の正社員。
注2) Wanda Thibodeaux,“Only 1 Out of 4 American Workers Feel They Have Permission to Fail at Work,” Inc., 2018, May 28.
注3)Boston Consulting Group, “The Most Innovative Companies,” 2018.
注4)Accenture, “Innovation: Clear Vision, Cloudy Execution [Innovation Survey],” 2015.
注5)Steve Blank, “Why the Lean Start-Up Changes Everything,” Harvard Business Review, May 2013.(未訳)
注6) “When Startups Scrapped the Business Plan,” Harvard Business Review Idea Cast, 2017, August 3.