リスク過敏症はむしろリスクを拡大させる

リスクアレルギーは、リスクの高いプロジェクトを排除する投資評価ツールによって助長される。この種の慎重さは、大規模資本を投じるプロジェクトには意味があるかもしれないが、クズ同然の実験にはばかげている。計算は恥ずかしいほど単純だ。億ドル規模のプロジェクトが10%の確率で失敗した場合のダウンサイドリスクは1000万ドルである。失敗する確率が90%の5000ドルの実験のそれは4500ドルである。

被るリスクが少額でも、またどんなにささやかな実験であろうと、その成功確率が10%しかないと上司に告げて、潜在的なポテンシャルがどうであれ、予算が与えられる組織は少ない。その実験が上司にとって未知のものである場合、承認を得るのはさらに難しい。

経営陣は無知とリスクを混同している。つまり、その実験がリスキーに見えるのは、その実験のリスクが高いからではなく、門番(上司)がその技術やターゲット顧客に精通していないことなのだ。ほとんどの組織において、現場社員が1000ドルの実験の承認を取り付けるよりも、CEOが1億ドルのプロジェクトを取締役会で通すほうが簡単であるというのは、おかしな話ではないか。

裏返せば、リスクを回避しようとするがゆえに、リスクを拡大させている。ちょっとした利益しか得られない「似たり寄ったり」のプロジェクトに投資することは、型破りのアイデアを用意周到に試してみるよりもはるかに危険である。経営陣や管理者は、決まった手順を唯々諾々と進めていく「漸進主義」こそ最もリスクの高いギャンブルであることを認識すべきだ。

官僚主義の組織には、ボトムアップの実験への嫌悪感が浸透している。これを克服するには、実験に関する考え方を転換する必要がある。その際、単に新製品に付き物の不確実性を減らしたり、その上市を前倒ししたりすることが目的ではない。すなわち実験とは、組織が想定外の事態に保険をかける手段なのだ。

©2023 Gary Hamel and Michele Zanini.
The article was published in Innovations: Technology, Governance, Globalization, volume 13, number 3/4 2023 of MIT Press.
 

◉翻訳|岩崎卓也(ダイヤモンドクォータリー編集部 論説委員)