線形経済から資源循環経済へ
経済モデルの大転換

 妹尾先生は、サーキュラーエコノミーのことを「循環経済」ではなく「資源循環経済」と呼んでいらっしゃいます。あえて「資源」をつけている理由はどこにありますか。

 資源循環経済(サーキュラーエコノミー)を説明する前に、いま私たちの市場経済を支配している線形経済(リニアエコノミー)についてご説明しましょう。線形経済は次の5つを前提としています。

 ①買い替え、買い増し/足し、買い揃え。
 ②資源消費と経済成長の連動(カップリング)。
 ③リニア内の内部経済とリニア外の外部不経済の分離(特に自然環境コストの度外視)。
 ④モノづくりの基本は「バージン材・新品・新型づくり」。
 ⑤モノづくりは「モノ売り」で稼ぐ。

 線形経済は、簡潔に言えば「モノの買い替え経済」(モノ消費主導経済)です。夏と冬のボーナス商戦期に新製品を投入して買い替えを促してきたように、大量生産・大量消費が企業の売上げに直結します。経済成長と資源消費の拡大が連動しているわけです。しかし、こうした内部経済のみの追求は、環境汚染と資源枯渇などの外部不経済を招いてきました。

 他方、資源循環経済は、「使い続け経済」です。線形経済の基本が「大量生産・大量消費・大量廃棄」だとすれば、資源循環経済は「極小生産・適小消費・無廃棄」で、資源消費と経済成長の切り離し(デカップリング)を目指す、新たな経済モデルです。「使い捨て」や「使い切り」を極力排して、「使い続ける」ことが求められるのです。

 資源循環経済というと、カーボンニュートラルとごっちゃになっている人が少なくありません。また、3R(リデュース、リユース、リサイクル)のみで理解してしまう。極論すれば、ゴミ対策(廃棄物問題)であると思い込んで、サーキュラー=3Rであると勘違いしている企業関係者が多くいます。ほとんどの自治体も、循環経済は産廃物リサイクルだと思い込んでいる。持続可能な社会にとって3Rは重要ですが、持続可能な経済にとっては3R発想が思考の障害になることもありえるのです。これについては、のちほど詳しく説明します。

 先ほど申し上げた通り、資源循環経済の核心は「使い続け」です。では、なぜ使い続けが必要なのか。それは、我々人類が抱えている資源枯渇問題に行き着きます。私が、サーキュラーエコノミーのことを資源循環経済と、あえて「資源」をつけて呼んでいる理由はここにあります。

 資源枯渇を考えるうえで切り離せないのが、人類の頭数です。『国連世界人口白書2024』によると、2024年現在の世界人口は81億人、この50年間で2倍以上に増えたことがわかります。今後もさらに増え続けることは必至で、2058年頃にはついに100億人に達すると予想されています(図表1「急増する地球の人口」を参照)。

 全世界の人々が食べていくためには、世界平均の資源消費量から換算すると「地球2個分」の資源が必要だと推計されています。しかし、現在すでに1・75個分の地球資源が使われてしまっており、この事実を知る人は意外と少ない。1個以上なので持続可能な範囲を超えていることはおわかりいただけるかと思いますが、0・75個の超過分は「未来に使う資源の先食い」を意味します。言わば、翌年の種蒔き用の米まで食べてしまっている。将来世代のための資源を、私たち世代ですでに消費しているというわけです。

「宇宙船地球号」という言葉をご存じでしょうか。これは天才的発明家で思想家のバックミンスター・フラーが1960年代に提唱した概念です。彼は、スティーブ・ジョブズに圧倒的な影響を与えた人物として知られています。また、システム論を経済学に導入したケネス・ホールディングも「宇宙船地球号」を論じました。地球が宇宙船のような閉鎖空間であり、限られた資源を循環消費と再生産によって維持しなければならないと訴えたのです。この流れを受けて1972年には、ローマクラブのメンバーだった環境学者のデニス・メドウズらが人類の未来研究の報告書『成長の限界』を発表し、大きな注目を集めました。

 それから半世紀が経って、同書のタイトル通りの現実を本当に迎えてしまいました。よって私たちは、これまでの経済モデルを見直す時期に来ていることをあらためて認識しなければなりません。現状の線形経済、モノ消費主導経済を続ける限りは、資源枯渇と環境汚染という2大問題に拍車がかかるばかりです。残念ながら、これらの難問を同時に解決する策はいまのところ資源循環経済以外に見つかっていない。それが、私の見解です。

ゴミ対策ありきの
日本の3R

 これまで日本では、3Rの中心は「リサイクル」でした。近年になって、パッケージ減量化などの「リデュース」も増えてきましたが、「リユース」の本格的な取り組みが進んでいないのが現状です。先ほど先生は「従来の線形経済の延長線上に置かれたままの3Rには大きな問題がある」とおっしゃいましたが、その真意はどこにあるのでしょう。

 おっしゃる通り、日本ではリサイクルが中心です。3Rはゴミ対策をベースに設定され、廃棄物の削減や再利用を通じて環境への負担を減らすための手段として浸透しています。ここ数年で、消費財メーカーを中心に、パッケージにリサイクルしやすい素材を使ったり、使用材料を減量するリデュースが進んでいます。これらの取り組みはたしかに重要ですが、それだけでは持続可能なビジネスを支えることはできず、本質的な問題解決には至りません。むしろ3Rが制約条件に見えることさえあります。

 こうした3Rの限界を打ち破ろうと、そもそもゴミになるものを受け付けない「リフューズ」を加えた4Rや、モノを修理して使う「リペア」を加えた5Rなどの概念も提唱されています。ですが、ただ「R」を増やすばかりで、資源循環経済の本質をとらえているかどうかは疑問です。ゴミ対策という発想から抜け出せていないからです。なぜ、「事業価値の創造」というビジネスの観点から発想しないのでしょうか。環境問題対策としての3Rに閉じ込めることで、生産者も消費者も、当面の安心感を得る「免罪符」に留まっているようにしか見えません。

 私が現状の3Rを問題視するもう一つの理由は、リサイクルすることで大量生産・大量消費、つまりマス・アンド・ファストを続けようとする点です。資源循環経済では、ファストをスローに変え、マスをマスカスタマイズに変える、つまり「マスカス・アンド・スロー」という組み合わせにすべきだと考えています。

 たとえば、補聴器を製造するとしましょう。耳の穴の型は、指紋のように人によって違う。それをセンサーで読み取り、個々のデータを流し込んで3次元プリンターで出力すれば、複数注文分を同時にライン生産することもできます。実際に食品業界では、個人の嗜好や健康状態、生活スタイル、体型などに合わせたパーソナルフードの生産も始まっています。医薬業界でも、個別医療向け医薬品の一括生産が研究されています。こうしたマスカスタマイズができるテクノロジーはすでに現実のものになりつつあるので、私たちはマス・アンド・ファストなモノづくりから脱却し、マスカス・アンド・スローなモノづくりへと移行していかなければなりません。