サーキュラーなモノづくりを実現するには「資源生産性」がカギを握ると主張されています。資源生産性とは何か、詳しく教えてください。

 資源生産性とは、単位資源当たりの価値産出量を指します。労働生産性が投入された労働力に対してどれだけ価値創出できたかを見るのと同様に、資源生産性も資源からどれだけの価値を生み出せるかという点が問われます。働き方改革は1人当たりの労働生産性を高めることを通じて人の有効活用を導く、言わば「ヒトの活用改革」です。これになぞらえれば、モノの資源生産性を高める「モノの活用改革」を進めるべきだといえるかしれません。

 労働生産性とのアナロジーで語れるならば、資源生産性も数字で表すことができるのでしょうか。

 残念ながら、一筋縄ではいきません。たしかにGDPを天然資源投入量で割れば算出できそうですが、それではあまり意味がない。資源は多様かつ複雑で、「1人当たり」といったように均一に計算しにくい。つまり「メトリックス」や「KPI」をつくるのが非常に難しい。ただ、資源生産性の本質は極めてシンプルです。それは、いま手元にある資源をできるだけ効果的・効率的に使用することです。すなわち、できるだけ長く使いこなし続けることにほかなりません。

 地球上の資源は限られているうえに、いまや環境問題の観点からも、資源調達に大きな制約がかかっています。新たな鉱山採掘は環境負荷が非常に高く、化石燃料の使用も批判の対象となります。つまり、どちらも資源を新規に掘り出すことが憚られるのです。また、米中対立やロシアによるウクライナ侵攻などの地政学リスクの高まりから、経済安全保障観点でのサプライチェーンの見直しが進んでいます。

 要するに、資源調達がますます難しくなっている。だからこそ、いま手元にある資源をいかに有効活用するかが問われます。手持ちの既存品を長く使い続けること、手持ちの使用済み製品をゴミではなく資源として活用すること、それらが資源生産性に基づく資源循環の基本なのです。

資源循環経済時代の
イノベーションターゲット

 資源を無駄にしないという観点では、やはり「リデュース」が重要であるように思いますが、その点はいかがでしょう。

 その通りです。ただし資源生産性に基づいて考えると、「資源を無駄にしないためのリデュース」は曲者であることに気づきます。

 近年加速してきたリデュースの取り組みは、ほとんどが過剰包装の廃止やパッケージ素材の減量など、製品形態が同一のままの省資源化という方法です。あるいは製造過程での端材(ロス)や未使用品(ウエイスト)の最小化です。もちろん製品形態を変えることによる省資源化もあります。本体部分と消耗部分を分けた、消耗品部分のリフィル化やリプレイス化がそれに当たります。ボールペンのインク部分のリフィル化は、わかりやすい一例でしょう。

 これら資源効率化の取り組みはとても重要ですが、ビジネス的には改善・改良の域を超えていません。というのも、資源生産性は「資源単位当たりの価値最大化を目指す」ことですから、そもそもモノをつくらない、モノからサービスに移行させることが優先されます。つまり、資源生産性に基づくリデュースの本命とは、第1に「品種・品目自体を無くす」ことであり、第2にソフトウェアやデジタルサービスによって物理的なモノを無くす、減らすという「モノのサービス化」なのです。

 第1の「品種・品目自体を無くす」とは、前述したようにiPhone(およびクラウドサービス)が成し遂げたことです。iPhoneによって、ほかの家電や文具群が不要になった。これはつまり、既存品の素材の使用料を削減したのではなく、従来の品種・品目自体を減らしたことで資源使用をリデュースしたのです。またオフィス向け複合機も、コピー機やファックス、スキャナーなどのカテゴリー自体を「これ一台」で無くしてしまいました。

 面白い話があります。LED照明は何が素晴らしいかと尋ねると、ほとんどの人が「省エネ・長寿命」を挙げます。しかし、本当に重要な価値は「調光」できることです。つまり、「これ一個」で色も光量も変えられる。それを理解できないと、白熱電球の代替としてのビジネスしか展開できません。

 このように「これ一台」「これ一品」で済む製品やサービスの開発が、リデュースの本命なのです。

 第2の、「モノのサービス化」はXaaSモデルと呼ばれます。その典型例は、MaaS(Mobility as a Service)でしょう。2016年の国土交通省の調査では、日本の一般自動車の平均稼働率は約2%という結果が出ており、そうなると理論上は50台中49台が不要ということになります。もし、その49台を手放したとしても、必要ならタクシーやアプリを活用したライドシェアを利用すればよろしい。つまり「シェアリング」によって、モノを最大限に「使い倒す」ことができる。これが、モノを所有することなく、安価にサービスで利用できるXaaSモデルです。

 たとえば、前に挙げたLED電球においては、フィリップスが照明サービスLaaS(Lighting as a Service)を生みました。彼らが調光を制御するレイヤーの知財権群と規格標準を押さえていたのです。そこでフィリップスは、LED電球の製造をやめて新興国のつくる安価なLED電球を活用し、ビルや街の照明サービスビジネスに移行しました。ちなみに私は、本当に彼らが製造をやめたのかを確認するためにオランダまで調査に行ったのですが、何と工場は循環経済向けスタートアップのためのインキュベーション施設に変わっていました。

 こうしたフィリップスのLaaSこそまさにイノベーションであり、ビジネスモデルの転換にほかなりません。「これ一台」「これ一品」で済むという発想を起点に新たなビジネスを構想し、モノ無くしとモノ減らしをうまく組み合わせることで、革新的な製品やサービスを生み出す。その可能性に早く気づいていただきたいのです。

 モノのサービス化とともに、その逆の「コトやサービスのモノ化」の重要性についても妹尾先生は強調されています。それはどういうことを指しますか。

 わかりやすい例は「Suica」でしょう。かつては、駅の改札では人手で切符切りをしていましたよね。いまではSuicaカード、あるいはSuicaアプリが入ったスマートフォンを機械にかざすだけで、改札を通ることができます。つまり人手によるサービスのモノ化です。

 さらに現代においては、機械化は即デジタル化を意味します。かつて駅のバックヤードでは、券売機の購入履歴や使用済みの切符をもとに電卓で計算がなされていましたが、いまや自動的に路線全体の購買データや乗降データが記録、分析されます。つまり人手の機械化は、そのまま大きな省力化を生むのです。また、一人ひとりが持つSuicaシステム(カードとクラウド)の中にはさまざまな購買、乗降データが記録されていることから、出張旅費や日常交通費の精算をSuicaで自動化している企業も増えています。

 今後、労働人口減少に伴う人手不足が深刻となる日本においては、人が行う作業をいかに機械化するかを考えねばなりません。すでに羽田空港や東京駅地下街では配送ロボットや清掃ロボットが導入され、介護現場では介護業務の一部をロボットが肩代わりし始めています。こうした動向は今後もっと加速するでしょう。

 これらの機械化・デジタル化はすべて、コトやサービスのモノ化です。イノベーション創出において、この分野のターゲティングがまだ不十分だといえます。日本にモノづくりの技術がまだあるうちに、「モノのサービス化」と「コトやサービスのモノ化」の両面でイノベーションターゲットを見つけてはいかがでしょうか。