「値上げしたら、客が離れる。でも今の低い賃金は限界だ」

 こうぼやく都内タクシー運転手は多い。都内のタクシー各社は値上げを申請中で、早ければ11月末~12月初旬、10年ぶりに値上げが実施されそうだ。

 「規制緩和に光なんてなかった。影ばかりだ」と全国乗用自動車連合会の富田昌孝会長(日の丸交通社長)。2002年に新規参入や増車が自由化され、全国のタクシー台数は見る見るふくらんだ。

 利用者数が伸びないなかで台数だけが増えた。過当競争となれば通常は企業淘汰が進んで市場は調整されるが、タクシー業界は運転手が歩合制で稼ぐ世界。しわ寄せは運転手へ集中し、賃金が下がり続けた。規制緩和から5年、限界に達した運転手の待遇を改善しようと、全国で運賃値上げの波が押し寄せている。

 すでに長野、大分、長崎、秋田、沖縄で値上げが実施され、今月には名古屋、和歌山も認可される。東京の値上げは官邸・内閣府と国土交通省が最終調整中で、早ければ10月中旬に認可される。値上げ幅は8%前後が濃厚。そうなれば現行660円の都内初乗り運賃上限は700円前後に引き上がる。ただ、値上げ慎重論も強く、認可をめぐる攻防がさらに続く可能性もある。

 東京都の全産業の男性労働者の平均年収が679万円なのに対し、都内タクシー運転手の平均年収は431万円(2006年)。「その差はあまりに大きい」と東京乗用旅客自動車協会の堀清孝広報委員長(東京交通興業社長)。運賃値上げで年収40万円程度の増額が期待できるが、それでも世間並みにはほど遠く、根本的な課題解決には至らない。

 「再規制を求める」。業界はすでに次の狙いを定めている。

 「先進国の多くは台数規制している。日本も台数増加を制限するべきだ」と富田会長。運賃値上げは国民に台数増加の弊害を気づかせる機会となり、格差是正を求める世論も強い。タイミングを逸すまいと、規制緩和の結果を議論する第三者機関の設置を目論んでいる。

 規制緩和が利用者にもたらしたのは、結果的に価格デメリット。緩和の方法を見直すべきなのか。“運賃値上げ”が投げかける意味は重い。
(週刊ダイヤモンド編集部 臼井真粧美)

※週刊ダイヤモンド2007年10月13日号掲載分