若いうちから、「知識」「スキル」を意識しながら働く
では、「知識」「スキル」「コンピテンシー」という経験知を、ミドルシニア自身と経営層、人事部が把握するためにはどうすればいいのだろう? さらに、暗黙知を形式知にするための最初のステップは何か?
田原 まずは、形式知である文字にすることです。テキスト(文字)化するのは、本人でも、人事部でも構いません。ミドルシニアはたくさんの経験知があるのに、文字にして残していないから、「あなたにはどんな知識やスキル、強みがありますか?」と聞かれたときに明確に答えられないのです。テキスト化は、ミドルシニアになってからではなく、若いときから始めるとなおさらよいでしょう。日常の仕事をしながら、自分にはどんな知識とスキルが身についているかを棚卸ししていくことが大切です。海外の就労はジョブ型がメインなので、知識とスキルが明確になっていなければ雇ってもらえません。だから、働く人が自分自身でどのような知識やスキルがあるかを認識しています。一方、日本の就労は、その多くがメンバーシップ型であり、ジョブ型ほど知識やスキルが明確にされていません。メンバーシップ型の雇用も悪くはないのですが、ジョブローテーションによっては、本人にとって不本意な異動もあり、新たな職場で知識とスキルを高めようとする意識が欠けがちになる。しかし、部門を跨いだ異動は、新たな経験知を蓄積するチャンスでもあり、それが思わぬ新たなご自身の能力を開花させることにも繋がっていきます。最近では、タレントマネジメントシステムなど、HR関係の多様なシステムも開発されており、これらのシステムには、知識やスキルを記載する部分が設けられているものも増えています。自らの知識やスキルを蓄積する意味でも、ご自身で積極的にテキスト化しておくことが、経験知を見える化して、暗黙知を形式知に変える第一歩となります。
若いうちから行う「見える化」――実際、田原さん執筆の書籍『55歳からのリアルな働き方』の読者レビューのなかには、「50歳を過ぎてから仕事の棚卸しをするのではなく、20代の頃からやっておけばよかった」という声もある。
田原 「(書籍を)自分の子どもに読ませたい!」とおっしゃる方もいます。その理由は、彼・彼女らがタイムパフォーマンスを求めるなどの理由で、入社後数年にも満たない状態で、転職を繰り返す可能性があるためです。これでは、経験知はなかなか蓄積できませんから、その会社、その仕事で、どのような知識やスキルを学んでいるかを、リアルタイムで、ご自身がしっかりと認識しておく必要があるためです。また、私自身も、大学生や新入社員向けの研修では、入社して、自分自身がどのような知識やスキルを習得しているかを、明確にテキスト化しておくことをお勧めしています。
いま、大学生の多くは、大学で自身のキャリアプランニングについて学んでいます。また、企業でキャリア面談をしていると、最近の若手社員の方々は、明確なキャリアパスや、昇進するための条件(知識やスキルなど)を示すことを求めてきたり、「この会社で、私はどうすればステップアップできますか?」と、現実的かつ具体的な質問をしてきたりします。人事部門の方々は、こうした若手社員の変化を日々実感しておられることと思いますが、ミドルシニアに限らず、「自分は、この仕事で、何を習得しているのか?」を明確に認識しておくことが、その人のキャリア形成に大きなアドバンテージとなることでしょう。
さまざまな経験で培ってきた自分の「知識」「スキル」「コンピテンシー」などの経験知や、仕事のノウハウである暗黙知を、普段の仕事のなかで意識していないミドルシニアがほとんどだろう。田原さんは、ミドルシニアが部下や後輩とのやりとりを通じて、自分の強みに気づくことも、暗黙知を形式知に変える方法のひとつだと解説する。
田原 多くのミドルシニアは、息を吸って吐くように暗黙知や経験知を自然に使って仕事ができているので、自分の知識やスキルといった強みを意識しないし、わからないものです。実際に暗黙知を書き出してもらうと、「これが暗黙知なんですか? 普通だと思いますが……」という反応が返ってくることもありますが、部下にとっては、「○○さん、それが知りたかったことです!」と、ありがたがられるものです。
そうしたミドルシニアが自分の暗黙知を知るために、部下や後輩に、自分と同じ仕事をするときの手順を書いてもらい、確認する方法があります。すると、がぜん本気モードで、「えっ、(部下の)あなたはこんなやり方でこれまで仕事をしてきたの?」と、他者の手順を見て、はじめて自分の仕事のやり方のきめ細やかさや、仕事をする上でのゆるぎない判断軸に気づくものです。それこそが、ミドルシニアならではの暗黙知なのです。