棚卸しが必要な理由を、ミドルシニアに伝えていく
40代半ばから50代の従業員にセカンドキャリアやライフプランを考えてもらう――いわゆる「たそがれ研修」を行う企業がある。研修プログラムは、主に、「ワーク」と「ライフ」についてだが、ミドルシニアの強みに着目する田原さんは、そうした「たそがれ研修」をどう見ているのだろう。
田原 まず、いまの時代、ミドルシニアの体力も向上し、寿命も延びているので、50代で「たそがれ」という言葉は相応しくないと思います。拙著(『55歳からのリアルな働き方』)では、90歳の方が現役社員として働き、社内で新入社員教育も行っている事例も記載しています。
もし、「研修」の名のもとにミドルシニアを集めるのなら、企業は、その前提として、「一人ひとりのミドルシニアは、暗黙知という無形資産を持っている」と意識するべきです。先ほど言ったとおり、年齢で十把一絡げにするのは、人的資本経営の本来あるべき姿に反しています。一般的に行われている「たそがれ研修」のうち、「ワーク(プライベートな生活)」に偏ることなく、「ミドルシニアも前線で働く貴重な戦力」という考え方で、受講者一人ひとりをリスペクトしていただきたいです。
大学院における田原さんの授業や、田原さんが講師を務める企業向けの研修では、ミドルシニアに対して、どのような教えやプログラムを提供しているのか?
田原 私が行っている研修や授業は、人材一人ひとりの暗黙知を形式知化し、部下や後輩への指導や、社内に伝授・蓄積することを目的にしています。まず、私が提示する「12個の質問(*4)」で、業種・専門知識・エリア・人脈・職種など、ご自身のキャリアを見える化していただき、自分がこれまでに何を行ってきたのかを棚卸ししていただきます。「研修」といえば、講師が受講者に教えるイメージがありますが、そうではなく、まさに、自分自身のキャリアを棚卸しする場です。「知識」「スキル」「コンピテンシー」の把握から自分の強みを知り、経験知・暗黙知を特定していきます。そのプロセスを通じて、はじめて、「私はこれが得意なんだ」「これは、部下や後輩社員に教えられる」と気づくことで、暗黙知が形式知になっていきます。ミドルシニアにとって、暗黙知の棚卸しはセカンドキャリアへの架け橋となり、また、ミドルシニア一人ひとりの「知識」「スキル」「コンピテンシー」が社内に伝承され、全社に共有されることで、企業にとっては、事業継続計画(Business Continuity Planning)やサスティナビリティ経営、さらに、新事業の開発などにも繋がります。
*4 田原さんの著書『55歳からのリアルな働き方』の読者特典として、この12個の質問が1枚のシートになったオリジナルワークシートが得られる。
人事部がミドルシニアのキャリアや暗黙知を棚卸ししてもらう研修において、忘れてはいけないポイントを田原さんがアドバイスする。
田原 いちばん最初に、この研修で“棚卸しを行う意味”を説明することが大切です。「今日、集まっていただいたのは、単なる研修ではなく、ご自身のいまある能力・経験知を可視化して市場価値を高め、これから先のキャリアを充実したものにしていくためです」と。研修を受講することで、ご自身も認識できていなかった「知識」「スキル」「コンピテンシー」を活かし、一人ひとりのミドルシニアに拓かれた道があることを、集まった方々に伝えるのです。そして、キャリアを社内外で活かすための具体策や事例も伝えます。すると、どちらかと言えばネガティブに捉えていたご自身のこれからのキャリアを真摯に捉え、思わぬ芽吹きを見せる方もいらっしゃるのです。なかには、社内講師になったり、強みを伸ばして社内ベンチャーなど、独立したりする方もいます。