異動を重ねたミドルシニアたちが持っている無形資産

 ミドルシニアの暗黙知を形式知化し、本人と企業の資産にするために、田原さんは、「役職定年」の在り方に疑問を投げかける。

田原 一般的に、「役職定年」という制度は、メンバーシップ型雇用や賃金の問題で致し方なく導入されている側面がありますが、人生100年時代であり、労働人口の減少を考えれば、私は見直すべきものだと思います。実際、見直しを進めている企業も少しずつ増えているようです。役職定年になったミドルシニアには、「かつての部下が上司になって働きにくい」といった声もあるので、異動するか、現在の部署に残るかの選択をミドルシニア本人に委ねるのも、組織を円滑に運営する方法のひとつだと思います。それから、これは私の希望ですが……年下の上司には、年上の元上司に敬語を使っていただきたい。元上司が人生の先輩であることに変わりはありませんから。お互いにリスペクトし、気持ちよく働ける環境づくりこそが大切です。さらに言えば……年長者も年下に対して、普段から敬語でコミュニケーションすることで、役職定年になっても、自然な対話を続けられます。話はやや逸れますが、仕事自体にフォーカスすれば、上司・部下という役割をさほど意識しなくなるはず。ある企業では、機械の安全性の高低が事故につながるため、上司も部下も関係なく、全員で安全性の向上に尽力し、誤った判断に対しては、たとえ上司だろうと、部下が遠慮なく指摘しています。このように、みんなが主体的に動く「ティール組織(自律分散型のフラットな組織)」では、役職定年が生み出すぎくしゃくした空気は存在しないのです。

 たとえ、職場環境に不満がなくても、肩書を失い、管理職手当もなくなる役職定年は当人の仕事のモチベーションを下げていく。多くのミドルシニアは、管理職だった責任感からの解放にホッとするより、仕事に後ろ向きになる気持ちのほうが強いだろう。企業は、“55歳からのリアルな働き方”をどう支援すればよいのか。

田原 何より、ご自身の市場価値とも言える、これまでのキャリアや「知識」「スキル」「コンピテンシー」を棚卸ししたうえで、自分の強みを把握していれば、役職定年を迎えても、定年退職が間近に迫っても、それほど慌てることはありません。さらに、役職定年後は副業解禁になる企業が多く、収入も補えますから、仕事のモチベーションもそれほどダウンしないでしょう。問題なのは、55歳からの働き方の準備をしていない――つまり、自分の強みを把握していないミドルシニアが圧倒的に多いこと。また、ご自身のキャリアを肯定的に捉えていない方も少なくないことです。「わたしは、これから何ができますか?」と、不安げに私に尋ねた方がいました。その方は、20代で製造管理、30代で人事関係の部署に在籍し、50代の現在は営業というふうに異動を重ねていました。私は、「12個の質問」に回答していただいた後で、さまざまな仕事を経験することで多くの「知識」「スキル」「コンピテンシー」があることをお伝えしました。すると、「これまでのキャリアが無駄ではなく、報われた思いがする」と。ご自身がこれまで長年蓄積してきた仕事の経験自体に価値があることを感じ、癒やされ、報われる思いが、未来への希望とモチベーションに繋がり、新たな芽吹きを起こす方が多いのです。何より、雨の日も風の日も嵐の日も出社して、現場で長年働いてきて経験知を蓄積してきたミドルシニアだからこそ、必ず、強みがあるのです。みなさんがいい抽斗(ひきだし)を持っています。まさに「暗黙知の宝庫」で、それを形式知化していけば、間違いなく、自分自身と企業の強みになります。ミドルシニアのモチベーションを下げずに、“55歳からのリアルな働き方”を企業がどう支援すればよいか――まずは、ミドルシニア一人ひとりの「知識」「スキル」に着目し、社内で経験知を部下に教えるなど、活用していくことがお互いを幸せにし、それが働き方の支援につながります。