モチベーションを下げたミドルシニアにどう向き合うか

 どうしても、企業は、定年退職を控えたミドルシニアよりも、働き盛りの若い従業員を厚遇しがちだが、これからの時代、ミドルシニアと経営層、人事部の健全かつ良好な関係は、どうすれば構築されていくだろう。

田原 ミドルシニアのなかには、役職定年などで報酬が下がり、責任も軽くなるため、仕事の品質や精度、コミット度合いが低くなる方もいるでしょう。給与の減額がモチベーションの低下につながるのはしかたないにしても、明らかな手抜き感は、社会人としてあるまじきもの。良い雇用関係や職場環境は、本人が仕事のモチベーションを継続し、企業が年齢にとらわれず、その人の真価を認めることによって生まれます。そのためには、ミドルシニアを適切なポストにアサインしたり、実力を正当に評価したりすることが欠かせません。そして、ミドルシニアの暗黙知と、若手社員のITリテラシーが組み合わさることで、組織が成長していきます。実は、若手社員には、ITリテラシーはあっても経験知がないため、判断力や見極め力が不足しています。具体的には、DXなどにおいても、どのようなデータが重要な指標になるかは、ミドルシニアの豊富な経験知のなかに潜んでいるのです。また、生成AIは、未知の分野での判断が苦手です。この部分を、人間はその企業の組織文化や倫理観などの判断軸を含め、間違いなく持っているのです。

 田原さんは、著書『55歳からのリアルな働き方』の巻頭で、ミドルシニアに対し、「若手社員にはない、豊かなキャリアと眠れる才能を発見しましょう。そして、他の人にはないあなたの最大の強みや真価を発揮して、輝くようなセカンドキャリアを創造することを心から願っています」とメッセージしている。書籍の内容について、多くの声が寄せられているが……いま改めて、田原さんがミドルシニアに伝えたいことは?

田原 読者のみなさまからさまざまなコメントをいただいていますが、私が全般的に思うのは、多くの方が、自身の暗黙知である知識やスキルを十分に活かしておらず、本当にもったいないということ。あれもできる、これもできるはずなのに、本人が、現在の職種や業種、肩書の鎧を着たまま、「自分はこれしかできない」という先入観にとらわれている感が否めません。55歳からの働き方によって拓ける道はたくさんあります。棚卸ししたことを、次のキャリアに活かすための112通りの選択肢と7通りの出口戦略を拙著に書きましたが、実際には、50代半ばという働き盛りのため、目の前の仕事に忙殺されて、将来のことを考えていないパターンが多いです。なかには、いままで、特定分野の仕事をさんざんしてきたから、まったく関係のない仕事をしたい、趣味を活かしたいという方もいらっしゃいます。それも悪くありませんが、VUCAの時代の、万一に備えたリスクヘッジとして、これまでの仕事もキャリアポートフォリオのひとつに残しておいてはいかがでしょうか? 長年がんばって働いてきたからこそ蓄積された暗黙知があり、それが形式知に変われば、本人にとっても企業にとっても最高の宝物になり、これこそが人的資本・知的資本の源泉になるのです。昨今は、ナレッジシェアサービスといった、知識やスキルを派遣するような新たな働き方も増えています。副業がOKなら、試しに、そうした方法で、ご自身の暗黙知を活かしてみるのもよいでしょう。ミドルシニアが持つ知識とスキルを、喉から手が出るほどに欲しがっている組織や企業は、日本だけでなく、世界中にたくさんありますから。

 一方、そうしたミドルシニアに向き合う人事部は、どう在るべきか? 2020年代半ばのいま、何か変わりつつあるか?

田原 現在、多くの企業が人手不足に悩んでいます。新卒は採用できず、採用しても早期退職されて、中間層もいなくなる……中途採用を行ってはいるものの、自社のカルチャーに合わない人が多いといった悩みも聞きます。そうした状況下で、社内の教育指導ができるのはミドルシニアだと気づき、人事部門の方が、「退職したミドルシニアを再雇用したい!」と上層部に直訴するケースも少なくありません。ミドルシニアの暗黙知の重要性に気づいているのです。人事部は、ミドルシニアの暗黙知を形式知化して、社内での人材育成にどんどん活用するべきです。人的資本経営実現のためにも、ミドルシニアをはじめとした従業員全員のキャリアや「知識」「スキル」「コンピテンシー」、できれば暗黙知も含めた可視化が急がれます。

 インタビューの最後に、ミドルシニアの暗黙知の大切さがわかる身近な例を田原さんが教えてくれた。

田原 私が、大学院の授業や研修のグループワークでよく行うのは、営業・開発・間接部門を含め、どのような部署の方でも経験がある“懇親会”の企画立案に関する暗黙知の見える化です。会社の懇親会というものは、ただ単に、場所を決めて、予算をとって、食べて飲んでおしまいではありません。表彰・歓迎・送別・各部門の全国会議後・客先を招いた懇親など、それぞれ、何を成果とするかという「目的」が異なります。細かい部分では、座席の配置や料理を出すタイミングも異なるし、挨拶の順番や、余興の有無や内容などもしっかり考えていく必要があります。そこには、多くの暗黙知や、経験によって深化している知識や、懇親会を上手く運営するスキルなどが隠れているものです。ですから経験知のない新人や若手には、ノウハウがなく、うまく段取ることができません。このように、懇親会という、誰にでもできるけど、経験知によってうまくいくノウハウが蓄積される事例をケースとして、経験知の重要性を理解していただくのです。

 仕事も同じです。同じ仕事で、表面的には同じことをしているように見えても、「○○さんがすると、なぜかいつもうまく行く」というケースこそ、ミドルシニアの経験知・暗黙知の素晴らしさです。これをミドルシニアご本人はもちろんのこと、企業側も認め、活用していただきたいと思います。