四谷怪談
かつて、お岩という哀しくも怖ろしい女がいた。その夫である民屋伊右衛門(たみやいえもん)は希代の大悪人。実はお岩の父を殺害した犯人なのだが、それを隠して結婚し、男子をもうける。
しかし伊右衛門は隣家である伊藤喜兵衛(いとうきへえ)の孫娘・お梅と結婚すべく、またもお岩を騙す。喜兵衛と共謀し、産後の薬と偽ってお岩に飲ませたのは、顔が爛(ただ)れる毒薬だったのだ。
伊右衛門たちの裏切りを知ったお岩は、伊藤家に乗り込むべく鏡の前でお歯黒を塗り、髪をすく。しかしその体はもはや毒に蝕(むしば)まれきっていた。赤子の泣き声が響くなか、櫛を入れるたびに髪がするりと抜け落ちていく。それにつれて腫れあがった顔も露わになる。
「……これが、わたしの、顔かいなぁ」
悶え苦しんだお岩は、倒れた拍子に置かれていた小刀が首に突き刺さり、絶命したのである。彼女の死骸は、これも伊右衛門に殺された小仏小平(こぼとけこへい)という男とともに、1枚の戸板の裏表に縛られて濠に流されたのだった。
一方、祝言(しゅうげん)の盃をかわした伊右衛門とお梅だが、そこでお梅の顔がお岩へ、喜兵衛の顔が小仏小平へと変貌。狂乱した伊右衛門が二人を斬り殺すと、転がった生首はもとのお梅、喜兵衛に戻っていた。その後、濠にいた伊右衛門のもとへ、お岩と小仏小平を縛り付けた戸板が流れ着く。裏へ表へ戸板が返り、お岩と小仏小平の死骸が、それぞれ伊右衛門に恨み言を言いつのる。お岩の怨霊に追い詰められた伊右衛門は、僧侶の庵室にかくまわれる。
だが祈祷のかいなく、お岩は赤子を伴って伊右衛門の前に立ちはだかる。伊右衛門の母や仲間を殺しつくしたお岩は、最後は鼠となって、逃げる伊右衛門にまとわりついた。
そして追ってきた敵討ちの手により、伊右衛門は斬り殺されてしまうのだった。