個と全体の関係性を考える
「複雑系」
――企業全体についての変革論として、「(1)全社戦略が考えられるようになる、(2)全社戦略へのコンセンサス形成、(3)部門内での変革の推進、(4)全社戦略・変革施策のアップデート」というプロセスを提示されています。これもオーソドックスに見えますが、後に続く本文を読んでいくと、この回路は「複雑系」のように思えます。全体に部分の問題があり、部分に全体の問題を見ることができるので、全体と部分で循環して、より良いものに近づいていくアプローチを示しているように読めました。
そう読んでもらって嬉しいです。一見すると普通な話です。トップが戦略を考えて、全体で実行して、現場からアップデートしよう、ということですから。当たり前のことを変革の構図として提示しているので、「著者は何を言いたいのか」と思われる方がいたかもしれません。
しかし、よく読んで頂きたいのは、「全社戦略を考える」ではなく「考えられるようになる」と書いているところです。つまり、全社戦略が複雑に絡み合った問題によって考えられない状態からどう少しずつ回復していくか、という視点をここでは提示しているのです。複雑なプロセスをどうにか認知しながら、一つずつ紐解いて進んでいく。そういうことを述べています。
実際はそれぞれに起きていることを掘っていくと、全体の問題に繋がっていることも研究をする中でわかりました。だから、細部あるいは現場で起きていることをきちんと分析していくと、組織全体の課題が見えてきます。
NECの新規事業開発のケース(本連載第1回で詳述)がまさにそうで、丁寧に新規事業開発の課題を掘り下げて変革していくと、組織内コミュニケーションや企業文化、人材育成という企業全体の課題へのチャレンジにつながっていったのです。
私は、大学生の頃にミッチェル・ワールドロップとか、池上高志氏の複雑系の本が続々と出て、のめり込むように読みました。後にそこに繋がりうる思想にも興味を持ち、アーサー・ケストラーなども読みました。もしかすると、そこで学んだ個と全体の関係性についての関心が私の思考の根底にあるのかもしれません。
*連載第4回「リーダーの使命」に続きます。
宇田川元一(うだがわ・もとかず)
埼玉大学経済経営系大学院准教授
1977年生まれ。専門は経営戦略論・組織論。早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、長崎大学経済学部准教授、西南学院大学商学部准教授を経て2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。企業変革、イノベーション推進の研究を行うほか、大手企業やスタートアップ企業の企業変革アドバイザーも務める。主な著書に『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)、『組織が変わる──行き詰まりから一歩抜け出す対話の方法2 on 2』(ダイヤモンド社)。最新著書は『企業変革のジレンマ──「構造的無能化」はなぜ起きるのか (日本経済新聞出版)。