同事件の舞台は上海のカラオケ店であったとされる。最近は、無数に存在するカラオケ店でハニートラップを仕掛ける事例が確認されている。中国では売春は重大犯罪であり、中国情報機関がその重大犯罪を見逃すことと引き換えに、機密情報の提供を強要するという。

 カラオケ店の女性従業員は、顧客の名刺と引き換えに「売春」の罪が減じられるため、客の名刺収集に余念がないという。中国情報機関が民間人を装い、意図的に工作対象者に近づき、カラオケ店に誘い、ハニートラップを仕掛けることもあるようだ。

 訪中した日本の官公庁職員やビジネスマンの中には、「宿泊するホテルに複数の女性が訪ねてきた」などハニートラップを想起させる事例に遭遇する人も多い。

 また、日本国内では、高級中華料理店でハニートラップが行われているという話をよく聞くが、重要な工作は「会員制のラウンジ」において行われているケースが目立つ。会員制であるため、当然日本の公安当局は店内に入ることができない。そのため、現場を押さえることが非常に難しいというわけだ。

世界が驚愕した
「エム・バタフライ」事件

 中国情報機関によるハニートラップ事件としては「エム・バタフライ」事件が有名だ。1964年、フランス外交官ベルナール・ブルシコは中国人の京劇俳優である時佩璞と性的関係に陥った。中国情報機関(党中央調査部)は2人の関係を利用し、69年にブルシコを協力者として獲得した。

 ブルシコは時佩璞と結婚し、中国から出国した。その後、85年にフランス当局によりスパイとして逮捕されるまでの間、フランスの国家機密を中国に漏洩し続けた。

FBI捜査官すらオトす中国のハニートラップ、日本人が狙われる「危険な店」とは?『カウンターインテリジェンス 防諜論』育鵬社 上田 篤盛 (著), 稲村 悠 (著)

 事件が表面化した時に世間が驚いたのは、時佩璞が実は男性の女形であることが判明したからである。これには「性行為が暗室で行われたことから、ブルシコは最後まで時佩璞が男性であることを知らなかった」という説もあるが、これは常識的に考えて疑わしい。

 むしろ、中国情報機関がブルシコの性的嗜好を調査し、それを弱点としてハニートラップの罠を仕掛けたという説の方が納得できる。

 なお、この事件はその後、『エム・バタフライ』との題名で舞台化や映画化されたため、世間に広く知られるようになった。