「兄が倒れたと連絡があって、病院に行った時は、自分の兄なのかさえ、わかりませんでした。あれ、私、本当にこの病人のベッドにいていいのかなって思ったほどです。

 チラチラと顔を見ていたら、眉毛が特徴的だったんですよね。それで、あぁ、この人やっぱり兄だわと、ようやくわかったの。私、それまで違う人のベッドの横にいるんじゃないかと思ってたんですよ」

 それからが大変だった。兄の住んでいたアパートの荷物を撤去して、引き払い、銀行の預貯金を引き出し、そこから介護施設の費用を捻出しなければならない。良子はそれを1人でやろうとして、ぐったりと疲れた。

ハンコを取るだけで片道2時間
介護を巡っての殺し合いも覚悟

「別に兄が憎たらしいわけじゃないんだけど、このままいったら限界だなって思ったんです。兄の住んでいた横須賀(神奈川県)のアパートに行くのに2時間かかって、帰りにも2時間かかる。通帳の引き出しか何かでハンコを取りに行っても2時間かかるんですよ」

 何よりも心配なのは、退院後に兄の行き場がないことだ。自宅に兄の介護ベッドが並ぶおぞましいさまを想像して、良子は卒倒しそうになった。