だが、どのジャンルにおいても、本質を見ようとする者は少ない。

 プロレスとは八百長であり、ショーであり、くだらない色物であり、二流のお笑い芸人と同様の存在というのが、ごく普通の見方だろう。

 元・女子プロレスラーに回ってくる仕事は、バラエティ番組でバンジージャンプや大食いに挑戦するというものがほとんどだった。たまにドラマに出ても、大柄で鈍そうな女性の役ばかり。長与千種の天才を見抜いたのは、演出家のつかこうへいただひとりであった。

「俺はこいつを信じたね」
つかこうへいが見抜いた素質

 ある日の昼下がり、長与千種は六本木のバーに呼ばれた。開店前の薄暗い店内にはタバコの煙とかすかなアルコールの匂いが漂い、奥の席ではつかこうへいがひとりで酒を飲んでいた。

 挨拶もそこそこに、つかこうへいは千種に「マイ・ウェイ」を歌えと言う。歌ったことのない外国の歌を千種がなんとか歌い終わると、「今度は歌詞を見ずに、俺の後について歌え」と言う。一度ではなく、何度も何度も。数十回は歌ったはずだ。

 するとつかこうへいは「明日から田端にこい」と言った。