田端には劇団の稽古場がある。つかこうへいの芝居に台本はない。脚本家兼演出家が台詞を言い、それを役者が復唱する。演出家の持つメモに書かれている台詞は4割に過ぎず、残りの6割はつかこうへいが役者を見てその場で決める。役者はつかが言う台詞を復唱し暗記しながら芝居を続ける。これを「口立て」と呼ぶ。
初めて田端の稽古場を訪れ、演出家の隣に座らされた千種は、役者たちがリズミカルに繰り返す口立ての台詞を聞いているうちに、いい気持ちになってしまった。まもなく劇作家は驚愕した。素人女優が、自分にもたれかかって眠っていたからだ。
稽古の後、全員で焼き肉店に行った。
「俺はこいつを信じたね」
つかこうへいがいきなりこう切り出したから、今度は千種が驚いた。
「俺に寄りかかって居眠りしたヤツなんか、いままでにいたか?こういう女が信用できるんだよ」
「いいか千種、お前は明日のスターだ」
女子プロレスの舞台が上演
つかこうへいはまったくの素人である長与千種を主役に立てて「リング・リング・リング」を上演することに決めた。題材は女子プロレスである。