三田紀房の受験マンガ『ドラゴン桜2』を題材に、現役東大生(文科二類)の土田淳真が教育と受験の今を読み解く連載「ドラゴン桜2で学ぶホンネの教育論」。第10回は「東大の学費値上げ問題」について考える。
東大が「10万円超の学費の値上げ」を発表
決定プロセスに学生の不満が爆発
東大専門コース「東大専科」に入った2人の生徒、天野晃一郎と早瀬菜緒は、東大合格請負人・桜木建二から「己を知る」ためにあることを命じられる。それは、1年分のセンター試験(現在の大学入試共通テスト)を解くことであった。初めて挑む問題の量に、2人は混乱してしまう。
挑むべき課題に立ち向かうため「己を知る」ことはいかなる場合でも大切だ。今回は趣向を変えて、東大の周りで起きていることについて述べていこうと思う。
東京大学の学費値上げ問題だ。
2024年9月24日、東京大学は2025年度以降の学士課程、修士過程入学者の授業料を10万7160円値上げし、年間64万2960円にすると発表した。
5月に授業料値上げに関する「検討」が報道されて以降、4カ月ほどでの決定である。
しかし、学生サイドもこれを無抵抗で受け入れたわけではない。教養学部の学生自治会が中心となったアンケート調査では9割が値上げに反対という結果が示された。安田講堂の周辺で抗議する学生の姿も報道された。
大学側も「総長対話」と称し学生と意見を交わすそぶりも見せたものの、「対話は交渉ではない」とされ、発表時期を遅らせる程度の効果しかなかったようだ。
学生自治の獲得を目指し火炎瓶を投げ、機動隊とも攻防した往年の学生闘争と比較すれば、今回の抵抗は微々たるものといえよう。実際、私の周りでなんらかの活動に参加した人は1人しかいない。わざわざ各自の労力を割いてまで抵抗したいとは思わないということだろうか。
確かに約10万円の値上げは、多くの東大生にとってさほど苦ではないのが現実だ。
2021年に東京大学が実施した「学生生活実態調査」によれば、学部生の世帯年収の平均値は約964万円だ。これは、日本の平均(※1)の約1.8倍となる。(※1)厚生労働省「2022年 国民生活基礎調査の概況」の2021年度全世帯の平均所得金額(545万7000円)より。
加えて、授業料免除の対象を現行の世帯年収400万円以下から600万円以下とすることも発表された。
もちろん、十分に対応がなされているから良いではないか、と言うつもりはない。
奨学金や授業料免除を申請するたびに、自分の家庭の困窮さを実感せねばならないことに対して、「自分の生まれた環境を、自分の家庭を、『劣っている』と感じざるを得ないことは、とても残酷なことだと思います(※2)」とネット上に思いを綴る奨学生もいる。(※2)mokaさんのnote「東京大学 学費値上げに思うこと」より。
このコメントからも、奨学金を拡充すればいいという発想では解決できない問題があることが分かる。
そしてそれ以上に、決定プロセスに対する不満の声を多く聞く。反対運動に関わっていた人は「学生の声を聞くと言いながら、結論ありきの議論が進められた」と語る。
「結論ありきの議論」が先行し
本来の目的が忘れられているのではないか
似たようなことはこの問題以外でも起きている。埼玉県の公立高校の共学化に関する話だ。
昨年8月「男女平等」を目的とし、現在12校ある県立の別学高校を共学化するべきだ、との意見が第三者機関から出された。一方で、教育委員会が実施したアンケートでは県内に在住する高校生のうち、別学を望む割合が57.2%という結果が示された。共学を望む割合が7.8%であることを踏まえると、大きな数字と言える。
にもかかわらず、今年8月に県教育委員会が示した方針では時期や規模を明言はしなかったものの「主体的に共学化を推進していく」とされた。
現場の意見を聞かぬ理念ばかりが先行するのは、学校教育が掲げる目標と逆行してはいないだろうか。
現実として、多くの学生は「値上げされないに越したことはない」という消極的反対の立場だし、今後も新聞紙面を騒がせるような大規模抵抗運動が起こることはないだろう。
大学側といえども必ずしも全ての教員が値上げに賛成しているわけではない。ある教授は授業中「東京大学が官僚化している。自らの意志を持たなくなってきている」とぼやいていた。
結論ありきの教育機関からは、結論ありきの学徒しか育たない。
自己満足と言われるかもしれないが、せめて思索を試みることで私自身は抵抗していこうか。