プロ作家が明かす「書くことの葛藤と解放」と題した本連載では、プロの書き手に「書けない」ときの精神状態を語ってもらいます。従来のライティング本では、方法論に焦点を当ててきたのに対し、本連載では、「文章がしっくりこない」「何を書いてもダメだ」と感じる瞬間などに注目。書くことの苦しみを通じて、承認欲求や自意識、そして言葉の在り方自体を掘り下げます。プロの苦悩を知ることで、読者が自身の「書けない理由」について再考するきっかけになると幸いです。第4回は『ハリガネムシ』で芥川賞を受賞した作家の吉村萬壱さんにインタビューしました。(構成/田之上信 編集/三島雅司)
作家は小説が生まれるのを
助ける助産師
――小説を書くときの苦しさ、苦しみについてお聞きしたいと思います。
小説を書くというのは、基本的に自分が書くわけですが、自分が100%書いているのかというと、ちょっと違うような気がしています。その小説をいったい誰が書いているのかという問題です。
自分が100%、自分の思い通りに自分の文章で、自分の力でその作品を書いているのであれば、自分だけの問題です。でも難しいのは、ちょっとそうではない部分がある気がしています。たとえば、『ボラード病』という小説を、東日本大震災をきっかけに書きました。2011年3月11日に発生した東日本大震災の数カ月後、ある編集者に誘われて宮城県の被災地を訪れたんです。
その翌年くらいか、教員も辞めて、専業作家になって、そろそろあのときのことを書かなアカンような気がして、なかなか書けないけれども、でも最終的には書けました。
書いているときに、生まれて初めて、書きながら涙が出てきた。書きながら泣いたということがあったんですね。そのときに気がついたのは、これは自分が書いている小説だけれども、自分だけが書いてるんじゃないなと。
震災のときにたくさんの人が津波に呑まれて、たくさん言いたいことがあったにもかかわらず、お亡くなりになった。