被災時の口腔ケアの重要性に注目が集まるきっかけとなったのは、来年1月に発生から30年を迎える阪神淡路大震災。先の大災害で亡くなった6434人のうち、922人が地震発生の2カ月間で肺炎や脳卒中、心筋梗塞を発症し「災害関連死」によって命を落とした。なかでも、誤えん性肺炎による死亡例が最多だったという。

「今年の冬に発生した能登半島地震の避難所では、新型コロナやインフルエンザの感染者も続出しました。口内環境とも関わりが深い“呼吸器感染症”が流行したこともあり、被災時の口腔ケアに対する認知度はさらに上がっています。もちろん、被災者の健康リスクを下げるには口の中だけでなく、食事や生活環境の改善も併せて行わなければなりません。支援者同士が連携して取り組む必要がありますね」

避難所での生活が
フレイル(虚弱)を加速させる

 被災地において口腔ケアが不足すると、健康な人も歯周病の悪化などの問題が生じる。しかし、基礎疾患を持つ人や高齢者は、口内環境の悪化にはとくに注意が必要だという。

「透析などの医療ケアが早急に必要な人は、優先的に被災地外の病院に運ばれますが、急を要しない場合は投薬などをしながら避難生活を続けます。しかし、普段と異なる環境で血圧や血糖をコントロールするのはとても難しく、基礎疾患を持っている人は、口の中を含めた健康面のケアは必須です。また、口の機能が衰えた高齢者は誤えん性肺炎のリスクが高まるうえ、避難所での生活によって“フレイル(虚弱)”が急激に進むケースも少なくありません」

 被災するまではしっかり食事を摂り、庭の手入れをしたり、散歩や買い物をしていたりと活動的だった高齢者も、被災後は生活が一変する。トイレを我慢するために食事量を減らして水も飲まず、生活の中での運動量も減少するため、2週間~1カ月ほどで大幅に体力が低下してしまうという。

「高齢者の変化に気づけるのは、被災前の状態を知っていて、共に避難生活を送る家族しかいないでしょう。40~50代で親世代と避難をしている人は、高齢家族が食事や水分を摂っているか、体重は減っていないかなど、確認をしましょう。提供されるお弁当が食べにくい、という問題があれば、避難所にいる支援者に相談すると食事の形や内容について工夫を検討してくれるかもしれません」

 しかし、高齢の夫婦の場合は、お互いの衰えに気づいても手の打ちようがないケースもある。適切な支援につながるためにも、「遠慮せず、支援者に相談してほしい」と中久木氏は話す。