人事チームが結束して「自前でのデータ分析」を実現した例

――どちらの失敗パターンも、先生のさきほどの言葉でいえば、「組織の学習」につながるサイクルが回っていないということですね。

 だからこそ私は、日本企業こそデータドリブン人事を内製化するべきだと思っているんですよ。

 つまり、「いまいるHR人材で人事データの分析サイクルを回す体制」を本気でつくったほうがいい。

――「内製化」ですか……。とはいえ、アメリカのように博士号を持ったCHRO(最高人事責任者)や、複雑な統計分析を回せる人事パーソンがゴロゴロいるわけでもない日本企業で、そんなことが可能なんでしょうか?

 そこはまさに「チームワーク」にかかっていると思います。

 たった一人でデータドリブン人事のための枠組みをつくって、ガンガン回していけるようなスーパーマンがいなくても、人事チーム内のメンバーそれぞれが少しずつ「できること」を組み合わせていけば、なんとか自前でやっていくことは可能です。

 たとえば、ここ数年にわたっていくつかのプロジェクトを伴走させていただいた富士通さんの人事チームは、そのような内製化がうまくいった好例です。

 同社では2022年夏に、「心理的安全性」に関するプロジェクトが立ち上がりました。心理的安全性というのは「所属しているチームに対して、みんなと異なる考えや望ましくない結果を発言できる」という感覚のことです。

 じつをいうと、彼らも当初、データ分析そのものを「外注」してしまったと聞いています。

 あまり深く考えないまま、外部のコンサル会社に「『心理的安全性の高さが、チームの生産性に対して効果があるのか』を分析してください」というふうに依頼をかけてしまったんですね。

――さきほどの「第二の失敗パターン」ですね。

 すると、彼らのところには、そのコンサル会社からいろいろと問い合わせがありました。

「富士通での『チーム』の定義とはなんですか?」とか「御社ではどういう状態を『生産性が高い』と呼んでいますか?」とか「どういう状態を『心理的安全性が高い状態』だと考えていますか?」といった質問です。

 ここでチーム一同は固まってしまったといいます。

 富士通のような10万人規模の会社にとっては、全体を包括できるような「チーム」の定義を設定するのはなかなかの難しさです。それ以外の概念についても、みんなが納得するような定義がなかなか決まらない……。

 さらに、定義を決めてからは、「どのデータに注目すればいいか?」「母集団から抽出した標本に歪みはないか?」「選択した分析手法はそもそも適当か?」といった統計のテクニカルな部分をつめていかなければなりません。

 結局、そうしたあれこれを社内で議論するだけで、かなりの時間がかかってしまった。コンサル会社からの問い合わせ事項をどうにかこうにか消化して、必要なデータを渡したころには、発注から2カ月ほどが経過していたそうです。

 そして、最後の最後に、先方から「分析結果らしきもの」が上がってきたところでタイムアップ……。契約期間満了となる3カ月が終わってしまいました。

――データ分析のサイクルを回すどころか、「たった一往復」しかできなかったわけですね。

 もちろん、事前にガチガチに仕様書を書いて、「このとおりにやってください」とお願いすれば、データ分析をやってくれる業者はいくらでもあると思うんですよ。

 外部に頼めば、たしかに「何かしらの分析結果」は出てくる。でも、本当に「ただ出てくるだけ」なんです。組織の学習につながらないんですよね。

“データドリブン人事”とは何か?外部に丸投げせず、自前で実現する方法――早稲田大学・村瀬俊朗さんに聞く