【対談 村瀬俊朗×篠田真貴子(前編)】優秀なリーダーほどハマる“心理的安全性のジレンマ”とは?

ここ数年のうちで、最も注目を集めた人事関連のキーワードである「心理的安全性」――。実際のところ、この考え方は日本企業にどんなインパクトを与えたのだろうか? この問題意識の下、村瀬俊朗さん(早稲田大学 准教授)と篠田真貴子さん(エール株式会社 取締役)による特別対談が行われた(*)。この概念の第一人者でもある村瀬さんは、2021年より富士通の「心理的安全性プロジェクト」でアドバイザーを務めてきた。3年間にわたるそのプロジェクトの集大成『Fujitsu心理的安全性Playbook』を振り返りつつ、篠田さんが抱いてきたさまざまな疑問を、村瀬さんにぶつけてもらった。(全2回の前編 撮影/疋田千里、構成/藤田 悠)

* 特別対談は、富士通株式会社が企画し、実施。

「組織の感覚」と「イノベーション」をどうつくる?

村瀬俊朗(以下、村瀬) 数年越しにお会いできて光栄です。本日はよろしくお願いします!

篠田真貴子(以下、篠田) お久しぶりです。このような機会をいただけて私もうれしいです! かなり濃密に富士通さんと「心理的安全性」のプロジェクトを伴走されたとのこと。今日はお話を伺えるのを楽しみにしてきました。

村瀬 はい、ぼく自身の背景も含めて、改めてご説明させていただきますね。ぼくは大学に上がるタイミングでアメリカに行って、そこから研究の道に進んでいったんですけど、ずっと「チーム」ってものに興味があったんです。

 アメリカではとくに個人主義的な文化があったりして、どうしてもチームというものがバラバラになりやすい。だから、とくにリーダーにも「いかにチームをまとめるか」という観点が求められるんですよね。

篠田 私もアメリカの大学のビジネススクールに通ったのですが、そのときも1年生のときの必修科目はすべて決まった5人チームで受講するかたちになっていました。まさに「チーム」をかなり明確に打ち出したカリキュラムだったなと。

村瀬 そんなアメリカで、ぼくは一貫して「チームとリーダーシップ」という2大テーマに取り組んできました。企業などでは、部署それぞれが最高に努力しているのに、組織全体としては負けてしまうという現象がしばしば起こります。それはいったいなぜなのかと。その原因として注目された要素の1つが「心理的安全性」でした。そして、ちょっとしたご縁があって、この概念の提唱者でもあるエイミー・C・エドモンドソンが書いた『恐れのない組織』の日本版で、解説を担当させていただくことになったんです。

篠田 そのあとに富士通さんのプロジェクトがはじまったわけですか?

村瀬 はい、2021年ごろからサーベイなどのプロジェクトをご一緒させていただいています。そこでの問題意識は大きく2つありまして、まず1つ目は「組織全体に共通する感覚」をどうつくり上げていくかということです。心理的安全性というのは「個人レベルでの感覚」の話ではなく、あくまでも職場とかチームとか部署といった「組織レベルでの安心・信頼」なんですね。

 もう1つは、やっぱり富士通さんでも革新的なことをやっていかないといけないですから、「いかに個の力を混ぜ合わせて新しいものを生み出していくか」という課題です。その軸として心理的安全性がないと、偏った考えだけが広がったり、みんなが思っていることをなかなか言えなくなってしまう。

 これら2点を組織的に富士通社内でどう盛り上げていくかということを、プロジェクトメンバーのみなさんと一緒になって考えてきたわけです。

【対談 村瀬俊朗×篠田真貴子(前編)】優秀なリーダーほどハマる“心理的安全性のジレンマ”とは?

村瀬俊朗(むらせ としお)

早稲田大学 商学部 准教授

1997年に高校を卒業後、渡米。2011年、University of Central Floridaで博士号取得(産業組織心理学)。Northwestern UniversityおよびGeorgia Institute of Technologyで博士研究員(ポスドク)をつとめた後、シカゴにあるRoosevelt Universityで教鞭を執る。2017年9月から現職。専門はリーダーシップとチームワーク研究。「心理的安全性」の提唱者であるエイミー・C・エドモンドソン(ハーバード大学)の著書『恐れのない組織』(英治出版)でも解説者を務め、日本国内で「心理的安全性」概念を普及させてきた第一人者。

 

【対談 村瀬俊朗×篠田真貴子(前編)】優秀なリーダーほどハマる“心理的安全性のジレンマ”とは?

篠田真貴子(しのだ まきこ)

エール株式会社 取締役

慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大学ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大学国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー・アンド・カンパニー、ノバルティス、ネスレを経て、2008〜2018年ほぼ日取締役CFO。退任後、約1年にわたる「ジョブレス」期間ののち、管理職の聴く力向上プログラム「YeLL|聴くトレ」と組織変革に伴走する「伴走YeLL」を提供するエール株式会社に取締役として参画。
ケイト・マーフィ『LISTEN──知性豊かで創造力がある人になれる』(日経BP)、リード・ホフマンほか『ALLIANCE──人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』(ダイヤモンド社)など監訳のほか、櫻井将『まず、ちゃんと聴く。──コミュニケーションの質が変わる「聴く」と「伝える」の黄金比』(JMAM)にて巻頭言を執筆。