「3つのこと」からはじめよう――チームづくり、社内巻き込み、勉強会

――最後に、「データドリブン人事の内製化」に興味を持っている方たちは、まず、何からはじめればいいでしょうか?

 次の3つを意識してみるといいんじゃないかと思います。

(1)能力を補い合う「人事チームづくり」
(2)データ集め段階からの「社内巻き込み」
(3)みんなで楽しみながらやる「勉強会」

 1つめは、人事チームのつくりかたです。人事理論に精通していて統計分析もガンガン回せるようなスーパー人材を、日本国内で探すのはかなり難しい。だからこそ、いろいろなスキルを持った人を組み合わせて、チームそのものをデザインしていく発想が大事になります。

 一人で全部できる必要はない。富士通さんのチームがまさにそうだったのですが、「データがわかる人」「人事のことがわかる人」「社内のデータに精通している人」「社内の協力をあおぐための根回しがうまい人」……というように、いろいろな専門性で全体を補い合っていけばいいのです。そうすれば、「データドリブン人事の素人集団」でも、内製化への歩を進めていくことは十分に可能です。

――そのためには、まず、人事そのものが「チーム」として成立していないと厳しいですね。

 その点は本当に痛感します。いろいろな企業とお付き合いしていて感じますが、結局のところ、相手側がワンチームになってくれていないとなかなか難しいんですよ。

 こちらがどれだけ一緒に検討を重ねても、最終的に「わかりました! では、社内の別部署にあるデータ分析チームに依頼をかけて、スケジュールを出してもらいますね」みたいな話になってしまうと、外部業者に発注しているのとなんら変わらない。

 人事部のなかにデータを扱える人材がいないのだとしても、そこはプロジェクト形式にして別の部署から人を引っ張ってくるといったことは可能なはずです。そうすることで、その人の学びを加速させることもできる。そこはマネジメント側の決断になってくると思います。

――2つめのポイントが「データ収集にあたって社内をどれだけ巻き込むか」ですね。なぜ、これが重要なのでしょうか?

 そもそもの目的に立ち返ってみると、人事データの分析には、必ず「伝えたい相手」がいるはずです。

 人事だけで淡々と分析プロジェクトを進めて、その分析結果だけを一方的に伝えても、現場はそれをスッと呑み込めないはずです。「あなたのチームはスコアが低いから改善してくださいよ」とか「パフォーマンスが高い人材の指標をもとに、新卒を採用したのでよろしく」みたいなことをいきなり伝えられても、その相手は納得できない。

――たしかに「人事が勝手に見当外れなデータ分析を押しつけてきた」というような反発が現場から生まれそうです。

 これを避けるうえでいちばん有効なのが、データ収集の段階から現場を巻き込んでいくという発想です。

 たとえば、「パフォーマンスの高いセールス」を定義するときには、営業部のマネジャーたちにアドバイスを求めてみる。「これまでの経験上、『優秀な営業』の条件ってなんだと思いますか?」と事前にヒアリングをかけ、それに基づいたデータ収集・分析を行っていけば、「伝えたい相手」にとっての納得度が高まります。

 富士通のプロジェクトでは、「心理的安全性がチームの生産性に及ぼす影響」を分析したわけですが、このときは「チームの生産性」を「予定原価からの乖離」として定義しました。ごく単純化するなら、事前に予定していたよりもお金がかかったプロジェクトは生産性が低く、思ったほどお金がかからなかったプロジェクトは生産性が高いという考え方です。

 特殊といえば特殊な定義ですが、富士通社内で「どういう分析にすると、声を届けたい相手に刺さるだろう?」ということを事前にヒアリングしていった結果、このかたちに落ち着いたのです。

 このような分析結果を受け入れてもらうための「素地」づくりができる点も、内製型のデータドリブン人事における大きなメリットだと思いますね。

――そして、3つめのポイントが「勉強会」ですね。

 冒頭でもお伝えしたとおり、人事の世界でデータ分析が求められているのは、この領域にまだいろいろな「思い込み」が入り込んでいるからです。

 そして、それを明らかにできるのであれば、決して難しい分析をする必要はない。すでにある手元のデータをかけ合わせて、ごく単純なピープルアナリティクスをやってみるだけでも、けっこういろいろな発見があるはずです。

 たとえば、入社時に取得しているいろいろな定型データと入社3年後のパフォーマンス評価を照らし合わせてみて、どの要素がパフォーマンスに効いているのかを見てみる。このとき、自社の採用基準における優先順位と、それぞれの要素の影響力にズレがあったりしないかを考えてみるのも面白いと思います。

 あるいは、「エンゲージメントが高い社員は、本当にパフォーマンスが高いのか?」とか「マネジャーが丁寧に1on1をやっているメンバーほど、仕事への満足度が高くなっているか?」といったことを検証してみるのでもいい。

――どちらも意外な結果が飛び出してきそうで、ちょっとワクワクしますね。

 その「ワクワク感」がものすごく大事だと思っています。

 ですから、いきなり「データドリブン人事をやろう!」なんて大上段にかまえる必要はなくて、とりあえず、興味がある社内メンバーで横断的に「勉強会」をやってみることをおすすめしたいですね。

 やっぱりどんなことも、入り口としては「楽しい!」という感覚が重要です。いつまでも自転車に乗る練習ばかりをしているのではなく、とりあえず、道を走ってみて「おっ、けっこう遠くまでたどり着けたな!」という手応えを掴んでしまったほうがいい。そのためには、人事データ分析のための「勉強会」がうってつけだと思います。

――社内のいろいろな人が集まって、自分たちの会社についてデータドリブンに語り合う――。そんな勉強会の場がつくれたら、ものすごく面白そうですね。

 データ分析について学習するためのコンテンツやデモデータなんかも、ネット上に無数に転がっています。簡単な分析ならエクセルでもできてしまいますし、専門的な統計分析ツールについても、みんなで一緒に学んでいけばいい。

 いまは大学でもデータサイエンス系の学部・学科がかなり増えていますから、若手を中心にそうしたスキルがある人も増えてくるでしょう。さらに、最近の大学院生やポスドクなんかを見ていると、生成AIに大枠のコードを書かせたうえで手直ししていくというスタイルが当たり前になりつつあります。技術的なハードルはどんどん下がっているといっていいでしょう。

 データドリブンのいいところは「とりあえず結果が出ること」なんですよ。

 それをグラフとして可視化してみたりすると、その場にいる人たちから「これはヘンだ!」という意見や「これってこうなんじゃないか?」という仮説がワーッと溢れてくる。各人ともそれぞれの経験値をもとにするので、その解釈もかなり幅が出てくるはずです。

――しかも「自分たちの職場に関するデータ」だという共通の土台がある。盛り上がりそうなのが想像できますね! データドリブン人事「内製化」への第一歩としての「勉強会」、ぜひいろいろな企業で試していただきたいと思いました。本日はありがとうございました。

“データドリブン人事”とは何か?外部に丸投げせず、自前で実現する方法――早稲田大学・村瀬俊朗さんに聞く