人事異動と企業の経営戦略とを
同期化していく

profile落合康裕(おちあい・やすひろ)
静岡県立大学経営情報学部 教授、静岡県立大学大学院経営情報イノベーション研究科 教授、一般社団法人事業承継学会 常務理事。博士(経営学)。事業承継と後継者教育の分野における気鋭の研究者の一人。企業の長期的な事業存続について、経営学の観点から研究を行う。2015年に日本で初めてのファミリービジネスの実証研究書となる『ファミリービジネス白書』(白桃書房)を編纂。刊行以来、同書の企画編集委員長を務める。おもな著書に『事業承継のジレンマ』『事業承継の経営学』(ともに白桃書房)など多数。2022年、『やさしい経済学』(日本経済新聞社)において「事業承継成功のカギ」を連載した。早稲田大学ビジネススクールや名古屋商科大学ビジネススクール、事業構想大学院大学で事業承継講座を担当するなど、実証研究に基づいた実践家教育にも熱心に取り組んでいる。

 この配置のマネジメントとは、経営人材がその配置場所において戦略を構想し、組織を動かしていくのを促すことを目的としています。つまり、人事異動と企業の経営戦略とを同期化していくわけです。

 前々回で触れた、「後継者が自分の時代における区間責任を果たす」という役割や、前回ふれた、「先代世代の成功モデルに依存することのない新たな行動を促進していく」ためには、タフ・アサインメントの部門に配置して経験を積んでもらうことになります。

 ヒト、モノ、カネといった資源の制約的な環境に置かれることで、みずから創意工夫行動を取るようになりますし、経営者としての疑似体験を積むことによって企業家精神が鍛えられます。

 タフ・アサインメントといっても、どの部門にするかは、人事だけでなく、経営陣や経営企画部門、社長室との連携が必要です。こうした連携によって、配置のマネジメントと経営戦略が同期化されることとなります。

 ここからは、まだあまり世の中で議論されていない論点です。タフ・アサインメントの後、後継者が本社へ帰還することになりますが、ここでも人事の大きなサポートが重要となります。特に、早期選抜型の経営者育成やリーダーシップパイプラインを構築している企業ほど、人事のサポートなしには成功は難しいでしょう。

 実際、早期選抜された経営者候補と話をすると、「古参の経営幹部との関係の取りづらさがある」とおっしゃる方もいます。若手経営者からすると、経営陣というのは、年上で経験豊富な人ばかりです。一回り年が下だったり、本社での経験が浅かったり、以前の部署で先輩後輩の関係だったりすると、やはり昔の文脈に依存してやりづらさが残ってしまう。

 ただ、タフ・アサインメントで経験と実績を積むことで、経営幹部など本社のベテラン勢と対等な関係を築きやすくなります。若い後継者は、革新の種となりうる価値観を、古参社員が多い本社に持ち込んでくれる可能性もある。そうなると、新旧の知見が新結合し、イノベーションの種が生まれ、発露される。そうした可能性も高まっていくわけです。

 そして、「経営者候補の本社帰還後、どの部門に配置すべきか」という課題は、経営会議や取締役会などでも常に審議していかなければなりませんし、当然、配置の施策を担当する人事のサポートが重要となります。

GEではCEOみずから
後継者たちの研修の講師を務める

「人と人との対応関係」でいうと、トップ、つまり現経営者が人材開発にコミットすることは非常に重要です。

 米国のゼネラル・エレクトリック社(GE)の次世代経営人材育成の事例は有名です。GEでは、現経営者が、次の後継候補者の育成に強くコミットします(※)。GEの中興(ちゅうこう)の祖(そ)であるジャック・ウェルチ氏(1935〜2020年)は、後継者のジェフリー・イメルト氏だけではなく、ジェームズ・マクナーニ氏やロバート・ナーデリ氏などの優秀な経営人材を育ててきました。
※参考書籍:『クロトンビル 世界最高のリーダーを育てる組織』(田口 力、KADOKAWA、2020)

 経営候補者たちは、現経営者から直接、薫陶を受け、ダイアログ(対話)することで、思想や構想に触れることができる。候補者たちは、自分自身と現経営者の考え方とを対比して、経営戦略を構想することもできます。

 一方で、現経営者の立場からすると、自身のこれまでの経験を直接、後継者に伝えることができ、そして、現経営者にとっては、彼らの能力の見定めに役立ちます。後継者のプールがあったとしても、その中でより適切な人物は誰なのか。人事から経営陣に対し、業績などのデータを提供することは大事なのですが、人事情報の行間に隠されたその人の能力や意欲というのは、やはり実際に接してみないとわからないところがあります。

 さらに、現経営者が将来の戦略を考えるときに、後継候補者たちと対話する中で、逆に現経営者も今まで思いつかなかったようなヒントを得ることができる可能性もあります。

 ですから、皆さんの企業でも、実際に経営人材のサクセッション・プランが動き出したら、そこに積極的に現経営陣を関わらせていくとよいでしょう。次世代を担う若手の人たちに対し、現経営陣が講師を務めたり、車座(くるまざ)になって意見交換したり、夜などはインフォーマルな場でも対話をしたりする。こうした機会が必要です。