OGPPhoto by Teppei Hori

「個」の力の発揮は、組織変革に欠かせない条件である。では、どのように個を育て、組織するか。常にチェンジリーダーを悩ませるこの課題は、スポーツが持つ「人を育む力」にこそヒントがある。今回、史上最年少で日本サッカー協会会長に就任した宮本恒靖氏、バスケットボールB.LEAGUEでチェアマンを務める島田慎二氏、2023年に甲子園優勝を成し遂げた慶應義塾高校野球部監督の森林貴彦氏と、スポーツ各のチェンジリーダーが集結。スポーツ心理学者の田中ウルヴェ京氏によるモデレートのもと、「組織変革」と「個の成長」について鼎談した。その模様を1万字にわたってじっくりと伝える。(文/奥田由意、編集/ダイヤモンド社 編集委員 長谷川幸光、撮影/堀 哲平)※本記事は2024年3月13日に開催された、ダイヤモンド・オンライン「経営・戦略デザインラボ」のイベント「進化する組織2024 ―Go 4 Growth―」における講演をもとに記事化したものです

経営破綻寸前のバスケクラブを再建
「選手に求めたのは行動ではなく考動」

田中ウルヴェ京氏(以下、ウルヴェ) お三方は、それぞれのフィールドで組織のリーダーを務められています。

 島田さんは、ビジネス畑から転身し、経営破綻寸前のバスケットボールのクラブを再建されましたね。どのようにして行ったのでしょうか。

島田氏B.LEAGUEチェアマン/日本バスケットボール協会副会長
島田慎二

しまだ・しんじ/新潟県生まれ。日本大学卒業後、1993年、マップインターナショナル(現・エイチ・アイ・エス)入社。1996年、ウエストシップ設立。2001年、ハルインターナショナルを設立。2010年に同社売却、同年、リカオンを設立。2012年、ASPE(現千葉ジェッツふなばし)代表取締役社長就任。2017年、B.LEAGUEバイスチェアマン(副理事長)就任。2019年、千葉ジェッツふなばし代表取締役会長就任。2020年、B.LEAGUEチェアマン就任(現任)。

島田慎二氏(以下、島田) 当初はスタッフも少なく、給与も低いものでした。その中で組織を立て直すには、まず、一般企業と同様に、皆が目標にできるような「組織の理念」を打ち立てました。

 そしてそこからブレークダウンして、単年度の計画を立て、部門の目標や個人の目標を決めました。

 同時に理念の浸透を促すために、「自発・能動・我が事化」「最大幸福の追求」「挑戦至上主義」「関係力最大化」「“好かれる”大人」の5つの「考動規範」を設けました。

 マネジャー層には、顧客満足や人材育成など、7つのマネジメントフレームをつくった上で、マネジメント業務に取り組んでもらい、レベルアップすれば、「守破離」のように、独自色を出していいという形にしていました。また、2年ごとに私が「今後、何を実現するか」という明確な方針を打ち出して、マニフェストとして公表しています。

森林貴彦氏(以下、森林) この5つの考動規範、格好いいですね。これまでスポーツ関連の組織では、目標をブレークダウンして明確にすることはあまりしてこられなかった。でもこうして言語化することで、各選手もそこに近づく努力が現実的になる。

ウルヴェ 「行動」ではなく「考動」なんですね。

島田 はい。成果を出すには何より、皆のベクトルがそろっていなければなりません。情熱のある人や、ハイグレードなスタッフも大切ですが、「どう考えるか」が一番重要です。そこは常に気をつけています。

宮本氏日本サッカー協会会長/元サッカーワールドカップ日本代表キャプテン
宮本恒靖

みやもと・つねやす/大阪府出身。同志社大学卒。1995年、ガンバ大阪入団。2007年、オーストリア1部レッドブル・ザルツブルクへ移籍、2009年ヴィッセル神戸を経て、2011年に現役を引退。日本代表としては、2002年の日韓ワールドカップ、2006年のドイツワールドカップに出場。2013年、日本人の元プロサッカー選手としては初のFIFAマスター修了。日本サッカー協会 国際委員会委員長、日本プロサッカーリーグ理事、東アジアサッカー連盟競技会委員会委員、アジアサッカー連盟競技会委員会委員、Jヴィレッジ取締役、日本サッカー協会専務理事などを務める。2024年3月、第15代日本サッカー協会会長に史上最年少で就任。

宮本恒靖氏(以下、宮本) ベクトルをそろえるというのは大事ですよね。

「これをやるんだ」という、明確で整理された目標やフレームがあり、それを道しるべにして、皆で向かう。

ウルヴェ 「守破離」ということは、オリジナリティも大事、ということですか。

島田 人によって価値観も考えも違うので、自由な発想やチャレンジを重んじると、収拾がつかなくなることもあります。行動した結果に対しての評価や報酬もあるので、評価基準のぶれを最小化するという意味でも、まずは根本の定義をしっかりしておく。「守」、つまり基本の型が必要です。

 ただし、型にがんじがらめになると、器が大きくならないし、新たなマネジメント人材も生まれづらいので、ある程度できてきたら、「破」から「離」へと、少しずつ自分の色を出し、最終的には独自色を出していいと伝えています。

ウルヴェ 森林さんの高校野球の改革も大きな話題を呼びました。チームが成長するために大事なことは何でしょうか。

高校野球をいかに変革したか
「監督と選手の間に上下関係はない」

森林氏慶應義塾高校野球部監督/慶應義塾幼稚舎教諭
森林貴彦

もりばやし・たかひこ/慶應義塾大学卒。大学では慶應義塾高校野球部の大学生コーチを務める。卒業後、NTT勤務を経て、指導者を志し、筑波大学大学院にてコーチングを学ぶ。慶應義塾幼稚舎教員をしながら、慶應義塾高校野球部コーチ、助監督を経て、2015年8月、同校野球部監督に就任。2018年春、9年ぶりにセンバツ出場、同年夏、10年ぶりに甲子園出場。2023年夏、107年ぶりの甲子園優勝を果たした。

森林 チームが成長するには、まず個人が「骨太」になる必要があります。

 そのために、従来の高校野球の指導でカバーされてこなかった、「自分で考えること」を大切にしています。

 野球というのは、監督のものではありません。選手ひとりひとりのものです。選手にはそれを追求してほしいですし、それを手伝うのが指導者の役割です。

 次に大切なのが目標です。「何をやるか」ではなく「何のためにやるのか」。皆がワクワクし、皆で共有できる目標を立てる。その目標の中で、どれだけ「考えられる選手」を育てていけるかが、チーム、そして組織全体を強くすることにつながるのではないかと思います。
 
 その際、組織はフラットであるべきです。監督と選手は役割が違うだけで、そこに上下関係はないはずです。ですから私は「監督」ではなく「森林さん」と呼んでもらっています。

 チームメンバー同士のリスペクトやコミュニケーション、組織内の心理的安全性、学校外の社会との交流も大切です。伝統を守るだけでなく、「未来の伝統をつくる」という意識もなくてはなりません。そのためには後ろばかりを気にせず、前向きにプレーする習慣を身につける必要があります。

 とはいえ、私ひとりでこれらのことをすべて教えることには限界があります。そのため、さまざまな分野の経験豊富な人を積極的に呼んで、協力してもらったり、刺激を与えてもらったりと、外部をどんどん巻き込むことも、組織の成長には不可欠だと思っています。監督自身も成長意欲を持ち続けなければなりません。ですから私も、生徒と一緒に成長していくということを常に意識し、大事にしています。

田中氏スポーツ心理学者(博士)/五輪メダリスト
田中ウルヴェ京

たなか・うるゔぇ・みやこ/東京都出身。1988年にソウル五輪シンクロ・デュエットで銅メダル獲得。10年間の日米仏の代表チームコーチ業とともに、6年半の米国大学院留学で修士号取得。2021年、慶應義塾大学大学院にて博士号取得(システムデザイン・マネジメント学)。現在、慶應義塾大学特任准教授、日本スポーツ心理学会認定スポーツメンタルトレーニング上級指導士、国際オリンピック委員会(IOC)Revenues and Commercial Partnerships委員、IOC認定アスリートキャリアプログラムトレーナーをはじめ、さまざまな委員を務める。また、TVコメンテーターとして数々の番組にレギュラー出演。著書・訳書、多数。

ウルヴェ 今の森林さんのお話、どうお感じになりましたか?

宮本 共感することばかりです。今まで付き合いのなかった新しい人たちと触れ合うことで、選手の幅を広げることにもなる。

 サッカーでは、監督の指示を待っている時間がそもそもないため、各自で判断し、決断し、行動に移さなければなりません。こうしたプロセスの中で一定の責任感が芽生えてていく。成功すれば喜び、たとえ失敗してもそれを糧に成長できる。それが「太い骨」になっていくんです。

 ですので、選手の判断をリスペクトすることは、サッカーの組織づくりでもめざしていくべきことだと感じています。

森林 「飛行機は機長ひとりでは飛べない」といわれますが、ほかのクルー、客室乗務員、地上の整備員、チケットを売る人、乗客、それぞれが、それぞれの役割を担うことで、初めて飛行機は飛ぶことができます。

 これとまったく同じで、私は「監督」という責任を取る役割なので、それを全(まっと)うしますが、「あなたたちは『選手』という別の大事な役割があるのでそれを全うしてほしい。その意味では対等なのでお互いリスペクトしながら、それぞれ目標に向かって一緒にがんばりましょう」、こうした意識でやっています。

宮本 監督を名前で呼ぶのもすごくいいなと思います。僕も専務理事(※当時。現在は会長)と呼ばれるのはちょっと嫌で(笑)。「宮本さん」や「恒さん」と呼ばれることで、「(経営側にいても)チームの一員として皆と同じ方向を向いているんだ」、そのような雰囲気を組織内につくれると思っています。

島田 私も共感することばかりです。ただ、これを選手たちに伝え、組織のカルチャーとして浸透させていくのは、並大抵のことではないはずです。それをとことん実践し、カルチャーとして根付かせ、選手や周囲の行動変容を起こすまで徹底されたことが、すごいと思いました。

 こうしたアプローチを望むスポーツの監督や企業のマネジメント層は世の中に大勢いるはずですが、実践するのは本当に難しい。選手や部下がちょっと意見したら、「おまえ、誰に向かって言っているんだ」となりがちです。そうなると、心理的安全性などあったものではありません(笑)。

森林 カルチャーとして根付かせるためには、やはり根気強さが求められますね。ご存知の通り、学生時のスポーツは、取り組める期間が限られています。メンバーの入れ替わりも激しいので、目標に対しての達成度が80%くらい年もあれば、60%ぐらいの年もあります。

 昨年(2023年)、甲子園(※全国高等学校野球選手権大会)で優勝したといっても、その時に主力として活躍したメンバーは卒業してしまう。すごろくで「ふりだし」に戻ったように、再び最初のコマから始めていく。1からつくっていかなければなりません。

島田 学生たちのキャラクターはもちろん、親御さんの部活に対する感覚もそれぞれのはずですから、変数が多い中でずっとやり続けていくというのは、簡単ではないと思います。ただ、「つくり続けていく」というそのカルチャーは、選手の顔ぶれが入れ替わっても、ある程度、筋肉として、その学校自体についていくのでしょうね。

森林 そうですね。カルチャーに関しては、残すべきところは残しつつ新しくしていく、そういう意識ですね。

ウルヴェ 宮本さんは、選手、キャプテン、指導者、経営層と、いろいろな立場で経験を積まれています。