なぜ「社史の編纂」が大切なのか?
経営人材育成においても社外の目が重要
新旧両世代の対話というのは非常に大切なことです。後継者は、自社の歴史や、歴代の経営者はどのような課題を抱え、どのように対処してきたのか、しっかりと学んでおかなければいけません。そのときに重要なのが、現経営者や経営陣との対話です。
後継者を社史の編纂(へんさん)の業務にあたらせている会社もあります。社史をつくるというのは、これまでの経営者や経営陣、そして社員たちがどのようなことをしてきたのか、話を聞いていく作業でもあります。また、二次情報(新聞雑誌記事など)の収集だけではなく、一次情報(未公表データや関係者への取材など)にアクセスする必要があります。まさしく、自社の歴史を知る絶好の機会なわけです。

後継者にはイノベーション行動が求められます。
イノベーションとは、先代世代との差別化行動であり、違いを出すためには、先代世代の経営実践を、正確かつ詳細に理解しておかねばなりません。
単に変えるだけでは、先代世代が築き上げてきた無形資産(ブランドや技術など)も捨て去ってしまうことになりかねません。社史編纂の作業を通じて、何を守り、何を変えていくべきか、経営者としての感性を養うことができるのです。
一方で、経営人材の育成をインハウス、つまり内製で完結してしまおうとすると、内向きの経営者が誕生しかねません。そのため、昨今、「マネジメントの透明化」の観点から、経営人材育成に外部のアセスメントを入れている企業もあります。コーポレートガバナンスの世界では、社外取締役や社外監査役といった外部の目を入れる仕組みが存在します。ガバナンスだけではなく、経営人材育成においても社外の目を入れて、より客観性を担保させながら実施していくことが重要な時代になってきました。
過去を知るだけでなく、変化も取り入れる。伝承と変化を融合した学びの場づくりというものを、人事は後継候補者たちに行っていく必要があるのです。
自分に専門性があろうがなかろうが
部下たちをマネジメントしなければならない
もうひとつ、薫陶、つまり「人と人との対応関係」について大切なことがあります。
当然ながら経営人材に必要とされるのはマネジメント力です。つまり、自身の担当業務をこなして終わりということではなく、自分だけではできないような、大きな目標を掲げ、戦略を立て、そこに向かって多くの人々を巻き込んで仕事をしていく、こうした能力を身に付ける必要があります。
とはいえ、教科書やマニュアルを読めば身に付くという能力ではありません。身近な立場で実際に実践している人の下で学ぶこと、協働することが重要ですので、そういった上司との関係づくりをサポートすることが大切です。優れた人から薫陶を受ける、その人の背中を見て育つということですね。
「誰が優れているのか」は一般論では測りづらく、企業や組織によってその基準はさまざまです。そのような個々の文脈において、よくそれを知っているのは、人事の方々だと思います。ですので、後継候補者を配置するとき、例えば営業部に配置するとしても、営業という仕事を学ばせるために配置するだけではなく、「営業には今こういう人材がいるから、その人の下で働かせる」という視点も肝要だといえます。
人々に動いてもらって仕事をしていく能力が必要なため、上との関係だけではなく、当然、部下との関係もまた重要です。管理職の皆さんならご経験があるかもしれませんが、扱いにくい部下もいるわけです。
例えば、ある製薬企業で30年、ずっと営業一筋でやってきた人が、研究開発部長になったとします。営業部門から来たので、研究開発は門外漢です。当然、自分の部下たち(研究職員)の専門性の方が高い。しかし、ライン部長の立場であれば、担当部門に関する専門性があろうがなかろうが、部下たちをマネジメントしていかなければなりません。
部下にZ世代のような若い人たちが加われば、マネジメントにもアップデートが必要です。旧態依然のやり方では、若い人たちも旧態依然の体質になってしまいます。こうした状況の中、どのようにマネジメントをしていくか、トレーニングを積ませていくか、人事は、環境変化に対応できるリーダー要件を再定義していかなければなりません。
したがって、経営人材というのは、ある特定のファンクションの専門家ではなく、いわば、領域横断的な、全社俯瞰(ふかん)のマネジメント能力が必要であり、こうした経験がキャリアの幅を広げていくことになります。