読んだことのない人のために説明すると、満賀道雄(若き日の藤子A先生をモデルとする主人公)と才野茂(=F先生)が東京に出てしばらく経ち、コンビ漫画家としてようやく仕事が軌道に乗ってきた頃に、故郷の富山に帰省する。2人は多数の仕事を故郷に持ち帰っていたが、久々の実家で完全に気が緩んでしまい、原稿がまったく進まなくなってしまう。

 そうこうしているうちに締め切りが近くなり、東京の担当編集者たちから「ゲン(=原稿)オクレ」という催促の電報が届き始める。

 ようやく尻に火が付き、急いで原稿に取りかかる2人だが、各社からの電報ラッシュはエスカレートする。内容も、「モウギリギリ シキュウ オクレ」「アナガアク スグ ゲンオクレ」「イマスグ オクレバ ナントカナル」「ソチラノブンダケ アケテアル」「モウマテヌ アナガアイタ」のように、どんどん深刻になっていく。

 そしてとうとう、「ゲンオクルニオヨバズ ヨソヘタノンダ」という電報が届いたのを境に、2人の漫画家としてのキャリアはいったん終わりを告げる。

送り手の表情を
補うための「(笑)」

 ご自身の「負の体験」をえぐり出しながら生々しく描くのはA先生の得意とするところだが、それにしても当時の電報、すなわち「字数が限られ、しかもカタカナのみであるがゆえに送り手の表情がきわめて見えにくい文字メッセージ」によって恐怖が増幅されているのは間違いない。もし出版社からの催促が全部電話だったら、ここまで恐ろしくはなかっただろう。

 このエピソードは私にとって長年のトラウマになっており、何が何でも締め切りだけは守ろうと心に決めている。おかげで今のところは、T嬢からも他の編集者からも「ゲンオクレ」のメッセージはもらわずに済んでいる。

 駆け出しなのに原稿を大量に落とすという大失敗をやらかした藤子不二雄の両先生がどうやって立ち直り、数々の名作を生み出す大家に成長していくのか、気になる方はぜひ『まんが道』を読んでいただきたい。キーワードは「ばかっ!!」「目の中に星」「飛び立つカラス」の3つだ。