なぜ、企業はIT人材を自社内に確保するのか?

 システム開発など、IT業務の内製化が進むにつれ、各企業のIT人材の獲得・確保は必要になる(*9)。そもそも、日本の企業はシステム開発などをITベンダーに外注する傾向があり、IT人材の自社雇用は積極的でなかったはずだが……

*9 IPA(独立行政法人情報処理推進機構)の調査によれば、非IT企業は、IT人材の獲得・確保を「中途採用」や「新卒採用」、「他部門からの異動」によって行う割合が高くなっている(「IT人材白書」より)

芦川 たしかに、日本の企業の多くは、システム開発を内製化せずにSIerなどに発注し、自社でIT人材を持たない傾向がありました。それは経営戦略においてIT活用の優先度が低かったからでしょう。しかし、いまやIT活用は多くの企業にとって経営戦略の最優先事項の一つです。テクノロジーを活用した事業を創るにしても、社内システムで社員の生産性を向上するにしても、自社の事業とITの両方を理解している”DX担当者が社内にいるほうが経営戦略に沿ったDX推進が実現できるでしょう。

 その反面、既存社員と新しく採用する人材双方の期待値調整をしっかり行わないと、IT・DX人材のキャリア採用(中途採用)が問題を起こしてしまうこともあります。外部からの知見を持ち込むことを期待されていると感じている新規入社のIT人材やDX推進者が「社外では当たり前だ」と、現場を無視した「To-Be(理想)」ばかりを押しつけたりすると、以前からいる社員との間に軋轢が生まれたりするのです。これは、経営戦略とDX戦略との連動、そして、その中での既存社員と新規入社者の役割や期待値をしっかり擦り合わせることで防ぐことができます。だからこそ、採用フェーズから採用担当者も自社のDX戦略を語れるくらいの理解があるとよいですね。

 そのような問題さえなければ、IT人材の自社雇用は効率がよいのだろうか? 「多人数を獲得できない」という実情もあるが……

芦川 もちろん、すべてを内製化することは難しいです。日本には多くの素晴らしいSIer企業が存在しているので、SIerとの協業というかたちは継続するでしょう。だからこそ、外部パートナーとの協業を成功させるためにも、社内で現場の方と密なコミュニケーションを取ることができる、自社のエンジニアやDX人材の存在が重要になるのです。

 売り手市場ということもあって、エンジニアをはじめとしたIT人材は流動性が高い。2024年7月に発表された、情報処理推進機構(IPA)の調査(*10)でも、IT人材の“転職意識”は目立っている。「人を確保できない」に加え、「せっかく確保した人が去っていく」という悩みを抱える人事担当者も多いようだ。

*10 デジタル時代のスキル変革等に関する調査(2023年度)全体報告書

芦川 IT人材に対しての評価が適切でないためにモチベーションが下がってしまったり、既存社員から必要なサポートが得られずに能力を発揮できなかったりすることがあります。新卒社員だけでなく、キャリア採用(中途採用)のITエンジニアやDX人材が現場に配属されてからも人事の方のフォローはとても重要です。なぜなら、いままで社内に多くはいなかったITエンジニアやDX人材という新しいタイプの人たちと仕事をする部署では、お互いに共通言語や理解がない、という状態も珍しくなく、衝突が起きてしまうことも珍しくありません。だからこそ、人事の方がITやDXの理解を高めることで、新規入社のITエンジニアやDX人材に対してだけでなく、既存社員に対しての教育などのニーズも把握することができます。適切な教育を通じて受け入れ体制も整えることで、入社してくれたITエンジニアやDX人材が活躍でき、結果的に既存社員も恩恵を受ける状況を作ることができます。また、少子化もあって、日本国内ではエンジニアの絶対数が減少していくので、外国人のエンジニアの力が欠かせなくなってきます。文化の違いを理解したうえで、さまざまな人種や異なるバックグラウンドを持つ従業員を受け入れることで、ダイバーシティのある職場にできます。私は根があまり社交的ではないタイプで、エンジニアから営業にジョブチェンジをしたときは、エンジニアは営業とは全く別の「人種」だと感じました。いままでITエンジニアやDX人材が珍しかった企業においては、異なる「人種」を受け入れるくらいに考えるとよいのかもしれません。