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「僕らは、観察できる症状だけを見て、『病気だ』『病識がない』と言っているけれど、精神科医であるにもかかわらず、統合失調症と診断されたときの患者さんの苦しみや絶望を知らない。つまり医師にも病識がないし、その自覚もない。それが、統合失調症の治療がうまくいかない一番の理由です」
斎藤さんは以前、劇症1型糖尿病を発症して緊急入院した。退院後、ある統合失調症の患者さんから連絡があり、「良くなったんだったね」と言われたので、「いや、これから一生、食事のたびにインスリンを打たなきゃ生きていけないんだよ」と伝えた。すると「私は24歳のときにそう言われたんだよね」と返されたという。
「これから能力が開こうとしている人が絶望の淵にいるとき、『統合失調症なので一生薬を飲んでください。再発するかもしれません』と告げられる。薬は幻覚や妄想は抑えられます。でも多くの人は、発症前の能力は徐々に失われていく。医師は患者さんのその先の苦しみを理解することも、救うこともできません」
医師が患者にしてあげられる
「たった一つのこと」
さらに斎藤さんは、「不足のない人生を生きてきた僕が、とても大変な病気に向き合う人の心を推測するのは難しい」と吐露する。
「医療や看護の分野では、患者さんの苦しみを受容して、その苦しみに共感しましょう、と言う。僕はそれが思い上がりで独りよがりだと感じています」
だからこそ、医師は統合失調症の厳しい現実を、患者さんと一緒に噛みしめることが大切だと強調する。
「あなたの苦しみを受容することも絶望に共感することもできない。だけど、あなたが『助けが欲しい』と言ってくれたら全力で解決法を探す。このようなメッセージを患者さんに伝え続ける。ここが医師や看護師が、患者さんの信頼を得られるかどうかの分かれ道だと思います」
齋藤正彦(さいとう・まさひこ)
1952年生まれ。80年東京大学医学部卒。医学博士。東京大学医学部附属病院精神神経科講師、医療法人社団慶成会青梅慶友病院副院長、よみうりランド慶友病院副院長、翠会和光病院院長などを経て、2012年7月から東京都立松沢病院院長、21年4月から同名誉院長。著書に『都立松沢病院の挑戦—人生100年時代の精神医療』(岩波書店)、『アルツハイマー病になった母がみた世界—ことすべて叶うこととは思わねど』(岩波書店)など。