それが次第に中国国内でも大きな社会問題として語られるようになった2023年末、中国当局は内戦騒ぎに便乗する形で同地区の詐欺グループの殲滅に乗り出した。詐欺グループの頭目だったとされる中国人家族や、グループに加担して詐欺を働いていた中国人らを中国国内に移送し、昨年12月には首謀者39人を起訴したと大々的に喧伝していた。

 しかし、実際にはこの取り締まり作戦の後、同地のオンライン詐欺グループは南下を始め、ミャンマーとタイ、ラオス国境の山岳地域、いわゆるかつての麻薬「ゴールデントライアングル」と呼ばれた地帯や、さらに南のタイとの国境に隣接したもう一つのオンライン詐欺拠点とされたミャワディ地区に移動したという。

 王星さんが消息を絶ったのは、まさにこのミャワディに隣接するタイのメーソートだった。

「出演辞退した俳優の代役で、映画に出ないか?」

 王星さんは昨年12月末、SNSを通じて「顔十六」(注:「顔」は中国人の姓)と名乗る中国人から、タイの著名大型エンターテイメント会社が企画する映画に出演辞退した俳優の代役を持ちかけられたという。彼は2018年にも、やはりタイで映画を撮影したことがあったため、出演依頼を不審には思わなかったようだ。

 しかし、スクリーンテストに合格した後になって、相手の言動に疑念を抱いた王さんは、一度は出演を断ろうとした。しかし、「もうこれ以上時間の余裕がない」と説得され、相手が準備した航空券で1月2日夜半発の飛行機に乗ったのだった。

 王さんはまだ31歳。はっきり言って中国でも名を知る人はほとんどいないレベルの俳優で、「断ることで制作側に迷惑をかけると、後々影響するのが怖かった」と思い直したという。

 そんな彼の「失踪」が大きな注目を浴びたのは、1月5日夜になって王さんのガールフレンドの嘉嘉さんが、かつて王さんが共演したことのある著名俳優らに向け、SNSを通じて王さん失踪を訴える書き込みを発したのがきっかけだった。特に有名女優の秦嵐さんがシェアしたことでその書き込みが爆発的に広まったとされる。

 嘉嘉さんと王さんの弟は同時に上海の警察にも被害届を出そうとしたが警察は取り合ってくれず、「タイの中国大使館に申し出ろ」と告げた。そのため、二人はすぐさまバンコクに飛び、1月6日に現地の中国大使館に駆け込んだ。

 この頃には中国のネットで王星さん失踪事件が爆発的なトピックになっていた。そのためだろう、大使館は前向きな対応を約束。一方で二人はバンコクの警察に「メーソート現地の警察に向かえ」と言われたが、大使館の介入で警察もメーソート現地との仲介をしてくれたという。