一番の問題は、俳優に対して強いプレッシャーのかかる状況下で、肌の露出や性に関わる演出プランについて提案と交渉がなされたこと、そのこと自体にある。結果以前に過程からすでに間違えている。
俳優は、よほどのスターではない限り、権力勾配の格差から監督やプロデューサーに対して意見のしづらい立場にある。今回のケースは加えて多くのスタッフが働く撮影中、カメラや照明に囲まれているといった、俳優にとっては心理的な負荷の大きいシチュエーションである。
「自分が断れば撮影が止まって迷惑をかけるかもしれない」「長時間働いているスタッフがさらに休めなくなるかもしれない」「監督をガッカリさせるかもしれない」「今後キャスティングされなくなるかもしれない」、そういった強いプレッシャーに相手を晒さらしながら即答を迫る「提案」は、相手から判断の自由を奪ったうえで答えを誘導するマインドコントロールに近い危うさを持っている。
消費者庁の「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会」がまとめた調査報告書には、いわゆる悪徳商法の勧誘の被害についてまとめられていて、若者が勧誘を受けてから購入・契約の判断に至るまでの心理の分析と対策が書かれている。それが、映画の撮影現場における俳優の抱える危うさを考えるうえで有効であったので引用したい。
「若者が勧誘を受けた際に注意すべき項目のチェックシート」のチェック項目には、「相手との関係を壊したくないと思っていませんか」「今すぐ判断するように言われていませんか」「少し断りづらいと思っていませんか」とあり、まさに今回のケースで判断を迫られる俳優たちに伝えてあげたい内容である。
消費者庁は、勧誘が長時間にわたって行われた場合、疲労や判断力の低下から本心とは異なる意思表示を消費者が行ってしまう傾向がある、とも指摘する。心身ともに疲弊する長時間の撮影現場においても同様であろう。
これらのマインドコントロールが確信犯的に行われる場合もあれば、ときに無自覚なまま俳優を追い詰めていくケースもある。
俳優は心身を晒して表現を行うため、何かトラブルがあったときに負うリスクもとても高い。だからこそできるだけ自由に判断ができる環境と時間を製作側は俳優には準備すべきである。